愛と死の妄想 悲壮耽美な情景  feseppuku.exblog.jp

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by kikuryouran
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2006年 08月 04日 ( 1 )

詫びの腹 (仮題) 4

懐剣を手に取って懐紙に巻いた。怖れはなかった、安堵の気持ちが強かった。子を思い出し心で詫びた。二人の死骸はどのように始末されるのかと思った。埒もないことをと苦笑が漏れる。追っ手が間もなく着くという、切り刻まれようが腹して果てれば辱めは受けまい。夫が来る。会ってみたい気がしたが、未練なと思い直した。
懐剣を突き立てようとした時、人が入って来る気配を感じた。追っ手かと振り返ると懐かしい顔がそこにあった。
「旦那様・・・。」
「そなたも腹を切るか。」
与四郎は部屋を見渡しながら言った。女はしばらく呆然と見上げて、自分が肌を寛げているのに気がついた。腹切るためとはいえ、胸元から下腹際までも露わにしていた。思わず裾を直し襟を合わせた。
「恥かしい姿を・・・。申し訳ございませぬ。」
しばらく無言で見詰め合う。不義理をしたとて連れ添うた仲、いつか夫の目になり妻の目になっていた。
「お一人でございますのか。」
「わし一人じゃ、そなたの始末に手は借りぬ。」
「お恨みでございましょう、討ちに来られたなら早よう討たれませ。」
女は顔を上げて座を正す。顔はすでに妻が夫に挑む顔になっていた。
「この男の妻女は夫に代わり詫びると腹を割いた、このわしの前でな。」
「この人に代わり・・・。」
女はうなだれて目を落とした。
「この手で介錯してやる時、詫びは受けたとわしは約した。苦しい息の下で、嬉しそうに礼を言いおった。」
「そのような事が・・・。」
女の目から涙がこぼれた。

逐電がわかって三日経った頃、俺は呼び出された。無人の寺で女が一人待っていた。夫が不始末を犯しましたと、泣きながら女は詫びた。それで許せるものではなかった。女が中座して隣の部屋に入り、やがて呻き声が聞こえた。女は諸肌脱ぎ、腹に突き立てた懐剣を握って悶えていた。苦しそうな声で何度も詫びの言葉を言った。俺は女の心根を哀れとも思い、死を賭した詫びを無下にはできなかった。詫びを受けると言うと、女は嬉しそうに礼をした。後で思えばそれは女の意地であったのかもしれぬ。死に場を求めていたのかもしれぬと思った。

「書き遺しにはそなたらへの恨みがつづられていた。」
男は妻を睨みながら、それ以上口を噤んだ。
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by kikuryouran | 2006-08-04 19:49 | 女腹切り情景 | Comments(0)