愛と死の妄想 悲壮耽美な情景  feseppuku.exblog.jp

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by kikuryouran
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桜心中

山の中腹まで登ると城址がある。所々に石垣が残って、大きな桜があった。
「昔ここにはお城があってね、桜も沢山あったそうだ。もうこれしか残っていない。」
散りかけた桜を見上げて彼が言った。
「ここまでは人も来ないようね。」
「坂もきついし、不吉な桜だから。」
「不吉?」
「ここには小さな郭があって、仕置き場だったそうだ。今でも幽霊が出るという。」
「仕置き場・・・。」
「ここで首を切られたり、切腹した武士も多いそうだ。この桜は人の血を吸って大きくなった。」
彼は黙って私を見た。

私には夫がいる。彼にも奥さんと子供がいた。
「不義密通で殺された人もきっといるわね。」
「ここで心中したカップルもいるよ。いつかきっと、俺達も罰を受ける。」
「私はいいのよ、殺されても悔いはないわ。」
私は桜を見上げて言った。
「ここで死ねば、血を吸ってこの桜はまた花を咲かすわ。」
私を抱き締めて彼は口付けをした。
日が暮れようとしていた。もう山道を下っても夜になる。彼がここに連れてきたわけを私は知っている。
「ねえ、もう誰も来ないわ。抱いてよ。」
私はコートを桜の根方に敷いて彼を誘った。周囲はもう薄闇に包まれている。
私は桜を見上げて抱かれた。薄暗がりの空から次々と白い花びらが舞い降った。
「私はここで死ぬのね。」
「ああ、俺も一緒だ。」
もう彼は隠さなかった。
顔を見ながら彼はゆっくりと入ってきた。
「いいわよ、私は・・・。」
私は迎え入れて抱き締めた。

翌日桜の花びらに埋もれて死んでいる二人が発見された。
「女の遺書がバッグにありました。」
「心中だな、男はコートのポケットに残している。」
女は胸を刺されて恍惚とした表情に見えた。その傍らで男は腹を切っていた。明らかな情交の痕が認められた。
「ここは昔、仕置き場だったそうだ。」
「不義の仕置きを受けた心算なのかもしれませんね。」
「男の切腹は昔の武士のように見事だ。この二人は前世からの因縁でもあったのかもしれん。」
まだ桜は花びらを降らせて、見上げるともう葉の緑が美しかった。
「来年もきっときれいな花をつけるだろう。」
何気なくそんなことが彼の心をかすめた。
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by kikuryouran | 2008-04-16 02:53 | 心中情死 | Comments(0)