愛と死の妄想 悲壮耽美な情景  feseppuku.exblog.jp

ショートな妄想フィクションを書いています


by kikuryouran
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雲海心中

女は武家の妻女、男はその家の若侍。
三十路女と若者の恋は、燃え始めるともう消せなかった。
想い断ち難く、ある日二人は手に手を取って逃げた。
生きたかったのではない、共に死のうと決めたからだった。

死出の旅に末の憂いなく、ただ欲情の赴くまま時を惜しんで愛し合う。
喜悦の合間に夢を見る。
何度もなますに斬られて目を覚ます。
「きっと地獄に落ちような。」
女が男の胸で呟いた。
「共に死ねれば浄土でございます。」
頼りなげであった若者が、少しの間に頼もしくなっていた。
浅ましくも二匹の獣が貪り合うごとく。
情欲は涸れず、肉は倦むことがなかった。

峠近く、めったに人の入らぬ獣道の傍らに、五畳ほどの平らな場所があった。
春は草、秋は落ち葉で自然の褥、時に修験者が束の間の休息をとる。
山道を迷いながら二人はそこにたどり着き、身を寄せ合ってひと夜過ごした。
夜が明けると、周囲は雲海たなびき幻想的な景色が広がっている。
「まるで雲の上にいるような。」
「いかにも、仙界浄土の眺めでございますな。」
「ここでもう、いいではないか。」
「肉は獣に喰い荒らされましょう。」
「外道に落ちた我らには、ふさわしいかもしれぬ。」

身元の知れるものは全て隠した。
数日経てばこの世には、骨の欠片も残るまい。
男は下帯女は腰巻だけの姿。
「後悔はしませぬか?」
「あなた様との交わりは、命を懸けて悔いませぬ。」
「そなたに逢えて、幸せでした。」
「次の世も、離しませぬ。」
女は若者の一途さが嬉しかった。
愛しい男の手にかかる幸せに酔った。

男の手には抜き身尺三寸、女が身を投げる。
受け止めて、突き立てる胸の谷間。
震え悶える女を抱いて、刃を抉る。
男は女の生暖かい血を全身で受け止めた。
苦痛はひと時、女は幸せな夢に遊んだ。
逞しい胸に包まれ、花芯潤い、闇に沈んでいく。
男は女の震えが収まるまで抱き続けた。

幸せそうな死に顔を見ながら、若者は刃を腹に突き立てた。
片膝立ち、苦痛に顔が引きつり、全身が震える。
腰を揺らしながら一気に切り割いて一文字。
血が失われて気が遠くなる。
存外に心地よい。
女の呼ぶ声が耳に響いている。
情に殉じて女と死ぬるか。
面白い世ではなかったが、良い最期であったな。
満足そうな笑みを浮かべて男は女に重なり伏した。

色付く落ち葉がはらはらと舞った。
風が霧を運んで二人を包み込んだ。


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Commented by kirikiri2010 at 2017-10-31 23:26
いつもながらの情死をさらりと書いて、さすがですね。でも、男にだけ腹を切らせて、ちょっと不満です。
kiku様、貴女の腹切る様を、kirikiriは恋い焦がれております。
Commented by kikuryouran at 2017-11-01 21:30
> kirikiri2010さん
やはりそうなのかな。
ここでは、そこは手を抜けないのでしょうか。
(笑)


Commented by kirikiri2010 at 2017-11-03 00:55
ここで手を抜いてもらっては困ります。(笑)
kiku様の腹切る様を・・・是非ともお願い致します。

それとも、何時ぞやのように、この年寄りのしわ腹が見たいとでもおっしゃるのでしょうか?
by kikuryouran | 2017-10-28 16:47 | 心中情死 | Comments(3)