愛と死の妄想 悲壮耽美な情景  feseppuku.exblog.jp

ショートな妄想フィクションを書いています


by kikuryouran
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会津心中

その夜、私は眠れぬままに泊っているホテルのバーに行った。
もう十二時に近い。
「お一人ですか?」
カウンターに座ると女が声をかけてくる。
同じホテルの浴衣姿で宿泊客とわかる。
「眠れなくてね。」
会津若松に近い観光ホテル、客は二人だけだった。
女は三十半ばだろうか私よりは年長に見える。
細面で口元に小さな黒子がある。
「この辺りは歴史ドラマの宝庫ですね。」
「あちこちに史跡がありますよ。」
「お詳しいの?」
「趣味で明治維新を調べているんです。」
彼女も歴史が好きでここに来たという。
「会津は初めてですのよ。」
「よかったらご案内しますよ。」
二人は意気投合して、次の日は一緒に史跡を巡る約束をした。

翌日二人は一緒にホテルを出た。
ジーンズ姿の彼女は思っていたより若く見える。
「行きたい所はありますか?」
「飯盛山には白虎隊のお墓があるんですよね。」
「ではそこから行きましょうか。」
話をすると、彼女の知識はなかなかのものだとわかる。
一日中話しても話題は尽きなかった。
夕食の後はもう打ち解けて、私の部屋で呑みながら話した。
この地方には旨い地酒も多い。
白虎隊や娘子軍を、彼女は熱く語った。
「あんな風に死ねるなら、いっそ幸せかもしれないわ。」
彼女はもう随分酔っているようだった。
「女でも切腹はセクシーだわ。」
「貴女はお腹を切れますか?」
私はわざと意地の悪い質問をした。
しばらく考えるように黙ってから、決心したように彼女が言った。
「見せてあげましょうか、あなたもするのよ。」
「もちろん、僕もやります。」
私も酔っていた。


扇子を使って、彼女は切腹を演じた。
浴衣の前を寛げて、下着の上から左の脇に突き立てる。
腰を浮かせてゆっくりと下腹を右に切る。
切腹の作法を心得ている切り方だった。
下腹に突き立てて腰を何度も揺らした。
それは確かにセクシーだった。
「ああぁ・・・。」
呻く声が淫媚の色を帯び始める。
彼女が既に性的陶酔に浸っているのは明らかだった。
迫真の演技を私は正座して見ていた。
勃起している自分を浴衣の下で握り締めている。
「おねがい・・・。」
彼女が訴えるように呟いた。
その時、私の中で何かが弾け散った。
それは魂の覚醒だった。


二か月ほど経った頃、新宿の雑踏で見覚えのある黒子を見つけた。
私は後をつけて、彼女が友人らしい女と別れるのを待った。
突然現れた私を見て彼女は驚いた。
「もう一度会いたいと思っていました。」
「あの時、どうしてあんな恥ずかしいことをしたのか自分でもわからないわ。」
忘れて下さいと彼女は言った。
「きっとお酒のせいだったのよ。」
「それは違う。」
私は彼女との縁を感じていた。
「あれはきっと偶然なんかじゃない。」
彼女もまたあの夜を忘れられなかったと告白した。

それからまた半年程が過ぎた頃、二人は思い出のホテルに泊っていた。
「懐かしいわ。」
「ここから始まったんだね。」
私たちは思い出のカウンターに座っていた。
バーテンダーは私たちを見憶えていた。
「お幸せそうですね。」
「私は今、最高に幸せよ。」
女が私の手を握る。
顔を見ながら私は握り返した。

翌日二人は山に向かった。
夏の終わりは観光客も少なくなる。
秋の山歩きにはまだ間のある、人の少ない時期だった。
登山道を歩いてもほとんど人とは会わなかった。
コースを外れると、存外山は深い。
草を分けて歩くと、突然視界の開けた場所に出た。
もう人が来る心配はないと思えた。
木々の間から街が眺められた。
リュックを下ろして腰を下ろす。
近くにのどかな鳥の声が聞こえた
吹き抜ける風が心地良い。
「きっとこんな所だったのね。」
水筒の水を飲みながら彼女が言った。
白虎隊のことをいっているとわかる。
「ああ、彼らもきっと死ぬ場所を探していたんだろうね。」
「ここから近いのかしら。」
「遠くはないと思うよ。」
どちらからともなく頷き合う。
「ここでいいね。」
それだけで互いの気持ちは確かめられた。
用意していた短刀を取り出す。
死ぬために私たちはここに来たのだった。

夕方通りかかった地元の人に発見され、二人の遺体はその日の内に山から下ろされた。


二人は裸で検死台に寝かされている。
「下腹部のそれは明らかな切腹傷に思える。」
傷を見ながら検死医は言った。
「傷は20センチ余り、5センチほど突き入れて徐々に浅くなっている。」
胸元に着けたマイクで言葉が録音されていく。
「胸の傷は、心臓を貫いて背中まで抜けている。」
二人の傷を交互に見比べる。
助手が手なれた様子で写真を撮っていく。
事務的に調べて、検死官は遺体に合掌して部屋を出た。

大学病院の屋上で、検死医は煙草を吸っていた。
「ここはすべて禁煙でね。私だけここでの喫煙を認めてもらっている。」
彼は旨そうに煙を吐き出した。
「私もいいですか?」
警部補だと名乗った男が煙草を取り出す。
「あの遺体に不審なところはありませんでしたか?」
火を点けながら訊いた。
「実は、彼らには死ぬ理由が見つからないんです。」
二人の周辺にはトラブルらしいことは見つからなかった。

「あれは明らかに切腹での心中でしょうね。」
何故かこの地域は、今でも腹を切って死のうとする者が毎年いる。
特にあの山の周辺が多いと、飯盛山の方を見ながら検視医は言った。
もう秋の雲が高い空を流れていた。
「あの二人は幸運にも、きれいなままに発見されました。」
山で死ぬと、遺体が野犬に荒らされる事が多い。

聞きながら警部補は続けてもう一本に火を点けた。
「最近吸えるところがなくなって、こういうところではついチェーンスモーカーになってしまいます。」

「強いて不審なところを上げるなら、見事過ぎるということでしょうか。」
検視医は考えるように言った。
「見事過ぎる・・・?」
「共に躊躇い傷がない、切り方も作法通り。白虎隊にも同じように切腹した記録が残っている。」
「そういえば、彼らは白虎隊ゆかりの場所を何度も巡っています。」
「いずれにしても、あれは合意の心中でしょうね。」
彼は満足そうな二人の死に顔を思い出していた。


「後悔していない?」
「君は?」
彼女は返事の代わりに刃を腹に突き立てた。
誘われるように私も突き立てる。
高揚した気分が、苦痛を快感に変えていた。
「俺は今切腹している・・・。」
腰を揺らしながら刃を運ぶ。
その時私は、不思議な既知感に捉えられていた。
「最初から決まっていた・・・。」
昔同じ光景を見たと思った。
にじり寄り、互いの胸に刃をあてる。
『宗社亡びぬ 我が事おわる 十有九士腹を屠って斃る』
呟きながら胸を預けた。
ずぶずぶと互いの刃が胸に沈んでいった。
「来世もきっと・・・。」
彼女が耳元で囁いた。
「ああ、きっとまた・・・。」
草は柔らかな褥だった。
会津の山に包まれて、二人は心地良い闇に包まれていった。
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Commented by 玉梓 at 2013-07-27 09:05 x
Kiku さま
首を長くしてお待ちしておりました。新しい二編、ありがとうございます。じっくりと拝読させて頂きます。
お待ちしております間に、Kiku さまの作品すべてを、もう一度読み返させて頂きました。恥を知る日本文化の伝承の頂点に立つ切腹。その美風を伝えてゆきたいお気持ち。それが、戦後の教育により、ずたずたに引き裂かれ、今や破廉恥・汚辱にまみれた現代の末世的風潮に対する深い嘆き。それを最近は「血の記憶」というテーマでお取組になっておられます事、しみじみと分かります。
同時にKiku さまは、切腹の持つもう一つの大事な側面―タナトスとエロスの糸がもつれて綾なす官能の世界にも導いて頂けます。すばらしいお筆運びの悩ましさ。見事な作品です。
夏の宵、遊離魂が妖しく飛び交う季節となって参りました。お身体をお大切になさいますように
by kikuryouran | 2013-07-23 02:18 | 心中情死 | Comments(1)