愛と死の妄想  feseppuku.exblog.jp

ショートな妄想フィクションを書いています


by kikuryouran
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祖母の思い出

私の父は東京の大工の息子だった。
彼は江戸ッ子が自慢だったが、母の実家は東北の士族の家柄だった。
そんな両親がどうして知り合ったのか、私は今でも不思議に思っている。
子供の頃は夏休みになると、母の実家に行くのが私の楽しみだった。
祖父は戦死して、祖母は叔父の家族と広い屋敷で暮らしていた。
普段から祖母は離れ屋で一人で生活していて、私はそこに逗留する。
離れ屋といっても、東京の下町に住む私にとっては広い家だった。

小学生も後半になると、私は夏休みのほとんどを祖母とそこで過ごした。
祖母の威光もあって、私は大事に扱われて不自由はなかった。
ある時、悪戯をして怒られたことがある。
普段は優しい祖母が、厳しい顔で私を大きな仏壇の前に座らせた。
「お前には武士の血が流れているのですよ。」
前に黒漆拵えの短刀を置いた。
「切腹してお詫びするのです。」
何故叱られたのかはもう憶えていない。
「お前一人を死なせはしませぬ。」
数人いる孫たちは、それぞれに一度はそう言って叱られたことがあった。

白単衣を着て仏間に入る。
短刀を前に置いて居住まいを正し、前を開く。
たまたま深夜目覚めた私は、彼女を泣きながら止めた事がある。
「死にはせん、覚悟を確かめているだけやが。」
彼女は笑いながら私を抱いてくれた。
肌蹴た胸元に私は顔を埋めて泣いた。
それは幼い私にもエロスの匂いを感じさせた。

後年、祖母にその夜のことを訊いたことがある。
「短刀の手入れでもしていたんかねぇ。」
彼女は照れたように笑いながら応えた。

夫は国に命を捧げ、妻はその墓を守る。
事ある時は女ながらも腹を切る覚悟。
そんな祖母は八十過ぎまで生きて病で亡くなった。
若くして夫を失った彼女は、生涯のほとんどを孤閨で生きたことになる。

彼女が亡くなってからも、その短刀は仏壇の下に仕舞ってあった。
家伝来の短刀だと叔父が教えてくれた。
「俺もお前の母さんも、その短刀を前に置いてよく叱られたものだ。」
彼は懐かしそうに笑った。
刃は九寸余り、身巾狭く反り少ない。
手に馴染んで鈍く光り、刃先に小さな曇りがある。
それは彼女の魂だったのかもしれない。
あの夜の彼女の姿を、私は忘れることはなかった。
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by kikuryouran | 2013-07-26 09:27 | 女腹切り情景 | Comments(4)

会津心中

その夜、私は眠れぬままに泊っているホテルのバーに行った。
もう十二時に近い。
「お一人ですか?」
カウンターに座ると女が声をかけてくる。
同じホテルの浴衣姿で宿泊客とわかる。
「眠れなくてね。」
会津若松に近い観光ホテル、客は二人だけだった。
女は三十半ばだろうか私よりは年長に見える。
細面で口元に小さな黒子がある。
「この辺りは歴史ドラマの宝庫ですね。」
「あちこちに史跡がありますよ。」
「お詳しいの?」
「趣味で明治維新を調べているんです。」
彼女も歴史が好きでここに来たという。
「会津は初めてですのよ。」
「よかったらご案内しますよ。」
二人は意気投合して、次の日は一緒に史跡を巡る約束をした。

翌日二人は一緒にホテルを出た。
ジーンズ姿の彼女は思っていたより若く見える。
「行きたい所はありますか?」
「飯盛山には白虎隊のお墓があるんですよね。」
「ではそこから行きましょうか。」
話をすると、彼女の知識はなかなかのものだとわかる。
一日中話しても話題は尽きなかった。
夕食の後はもう打ち解けて、私の部屋で呑みながら話した。
この地方には旨い地酒も多い。
白虎隊や娘子軍を、彼女は熱く語った。
「あんな風に死ねるなら、いっそ幸せかもしれないわ。」
彼女はもう随分酔っているようだった。
「女でも切腹はセクシーだわ。」
「貴女はお腹を切れますか?」
私はわざと意地の悪い質問をした。
しばらく考えるように黙ってから、決心したように彼女が言った。
「見せてあげましょうか、あなたもするのよ。」
「もちろん、僕もやります。」
私も酔っていた。


扇子を使って、彼女は切腹を演じた。
浴衣の前を寛げて、下着の上から左の脇に突き立てる。
腰を浮かせてゆっくりと下腹を右に切る。
切腹の作法を心得ている切り方だった。
下腹に突き立てて腰を何度も揺らした。
それは確かにセクシーだった。
「ああぁ・・・。」
呻く声が淫媚の色を帯び始める。
彼女が既に性的陶酔に浸っているのは明らかだった。
迫真の演技を私は正座して見ていた。
勃起している自分を浴衣の下で握り締めている。
「おねがい・・・。」
彼女が訴えるように呟いた。
その時、私の中で何かが弾け散った。
それは魂の覚醒だった。


二か月ほど経った頃、新宿の雑踏で見覚えのある黒子を見つけた。
私は後をつけて、彼女が友人らしい女と別れるのを待った。
突然現れた私を見て彼女は驚いた。
「もう一度会いたいと思っていました。」
「あの時、どうしてあんな恥ずかしいことをしたのか自分でもわからないわ。」
忘れて下さいと彼女は言った。
「きっとお酒のせいだったのよ。」
「それは違う。」
私は彼女との縁を感じていた。
「あれはきっと偶然なんかじゃない。」
彼女もまたあの夜を忘れられなかったと告白した。

それからまた半年程が過ぎた頃、二人は思い出のホテルに泊っていた。
「懐かしいわ。」
「ここから始まったんだね。」
私たちは思い出のカウンターに座っていた。
バーテンダーは私たちを見憶えていた。
「お幸せそうですね。」
「私は今、最高に幸せよ。」
女が私の手を握る。
顔を見ながら私は握り返した。

翌日二人は山に向かった。
夏の終わりは観光客も少なくなる。
秋の山歩きにはまだ間のある、人の少ない時期だった。
登山道を歩いてもほとんど人とは会わなかった。
コースを外れると、存外山は深い。
草を分けて歩くと、突然視界の開けた場所に出た。
もう人が来る心配はないと思えた。
木々の間から街が眺められた。
リュックを下ろして腰を下ろす。
近くにのどかな鳥の声が聞こえた
吹き抜ける風が心地良い。
「きっとこんな所だったのね。」
水筒の水を飲みながら彼女が言った。
白虎隊のことをいっているとわかる。
「ああ、彼らもきっと死ぬ場所を探していたんだろうね。」
「ここから近いのかしら。」
「遠くはないと思うよ。」
どちらからともなく頷き合う。
「ここでいいね。」
それだけで互いの気持ちは確かめられた。
用意していた短刀を取り出す。
死ぬために私たちはここに来たのだった。

夕方通りかかった地元の人に発見され、二人の遺体はその日の内に山から下ろされた。


二人は裸で検死台に寝かされている。
「下腹部のそれは明らかな切腹傷に思える。」
傷を見ながら検死医は言った。
「傷は20センチ余り、5センチほど突き入れて徐々に浅くなっている。」
胸元に着けたマイクで言葉が録音されていく。
「胸の傷は、心臓を貫いて背中まで抜けている。」
二人の傷を交互に見比べる。
助手が手なれた様子で写真を撮っていく。
事務的に調べて、検死官は遺体に合掌して部屋を出た。

大学病院の屋上で、検死医は煙草を吸っていた。
「ここはすべて禁煙でね。私だけここでの喫煙を認めてもらっている。」
彼は旨そうに煙を吐き出した。
「私もいいですか?」
警部補だと名乗った男が煙草を取り出す。
「あの遺体に不審なところはありませんでしたか?」
火を点けながら訊いた。
「実は、彼らには死ぬ理由が見つからないんです。」
二人の周辺にはトラブルらしいことは見つからなかった。

「あれは明らかに切腹での心中でしょうね。」
何故かこの地域は、今でも腹を切って死のうとする者が毎年いる。
特にあの山の周辺が多いと、飯盛山の方を見ながら検視医は言った。
もう秋の雲が高い空を流れていた。
「あの二人は幸運にも、きれいなままに発見されました。」
山で死ぬと、遺体が野犬に荒らされる事が多い。

聞きながら警部補は続けてもう一本に火を点けた。
「最近吸えるところがなくなって、こういうところではついチェーンスモーカーになってしまいます。」

「強いて不審なところを上げるなら、見事過ぎるということでしょうか。」
検視医は考えるように言った。
「見事過ぎる・・・?」
「共に躊躇い傷がない、切り方も作法通り。白虎隊にも同じように切腹した記録が残っている。」
「そういえば、彼らは白虎隊ゆかりの場所を何度も巡っています。」
「いずれにしても、あれは合意の心中でしょうね。」
彼は満足そうな二人の死に顔を思い出していた。


「後悔していない?」
「君は?」
彼女は返事の代わりに刃を腹に突き立てた。
誘われるように私も突き立てる。
高揚した気分が、苦痛を快感に変えていた。
「俺は今切腹している・・・。」
腰を揺らしながら刃を運ぶ。
その時私は、不思議な既知感に捉えられていた。
「最初から決まっていた・・・。」
昔同じ光景を見たと思った。
にじり寄り、互いの胸に刃をあてる。
『宗社亡びぬ 我が事おわる 十有九士腹を屠って斃る』
呟きながら胸を預けた。
ずぶずぶと互いの刃が胸に沈んでいった。
「来世もきっと・・・。」
彼女が耳元で囁いた。
「ああ、きっとまた・・・。」
草は柔らかな褥だった。
会津の山に包まれて、二人は心地良い闇に包まれていった。
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by kikuryouran | 2013-07-23 02:18 | 心中情死 | Comments(1)

コメントのお礼

コメントの尻尾が長くなったので新しい記事を書きます。
ストーリーもないのですがお許し願います。

どんな趣味でもエスカレートするようです。
過激にもなりますね。
時代もあります、年齢もあるでしょう。
余りに過激なものはついていけないと思うのは、年齢もあるのでしょう。
ここしばらく、無明さん玉梓さんから有難いコメントや励ましをいただきました。

思いついたことなどもいただけるとうれしいですね。
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by kikuryouran | 2013-07-16 03:45 | 平成夢譚 | Comments(5)