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by kikuryouran
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殉国

終戦からしばらく経った早朝、帝都近郊護国神社の境内で、一組の男女が古式に則り割腹自決を遂げた。軍人一般人を問わず、敗戦が決まって自決した人は多い。
男は陸軍正装の上着を傍らに畳み、遺書をその上に置いていた。
軍刀拵えの二尺五寸を使い、下腹を横に八寸余り深さは二寸、腹壁裂いて臓腑覗く。
首の血脈を裂いて終えていた。
女は白無垢を着て黒漆拵えの短刀九寸五分、臍の下を七寸余り深さは一寸、臓腑に達せず。
胸元から下腹まで柔肌惜しげもなく開いて、膝は縛らず股間は下布で包んでいる。
心の臓を刺して伏していた。

男は室井順司陸軍大佐。南方転戦負傷して自宅で療養中であった。
彼は敗戦に臨んで殉国の想い抑えがたく、一命をもって国の安寧を祈ったのであった。
妻玲子はその夫に倣い、気丈にもその傍らで割腹を遂げた。
享年は夫42歳、妻29歳、結ばれて五年、仲睦まじい二人だったが子に恵まれなかった。

大佐が自決の覚悟を述べると玲子は言った。
「私もお腹を切りますわ。」
止めたが彼女は頷じなかった。
それまで従順であった妻の初めての抵抗だった。

長い刀で腹は切り難いが、彼は敢えて軍刀を使用した。
「見苦しいようならこれを使え。」
大佐は拳銃を傍らに置いた。
神殿に拝礼して前を開く。
腰を持ち上げて構え数瞬後、突き立てる左の脇。
「うむっ・・・むうううう・・・。」
彼の押し殺した声が静かな境内に吸い込まれる。
苦しみ揺れる夫の背中を玲子は見ていた。
それはまさに国に殉じる男の姿だった。
「見ろ・・・玲子・・・。」
「あなた・・・。」

ゆっくりと夜が明け始めた。
彼女は逝き遅れることを怖れた。
着物の前を大きく開く。
「女が腹を切るなら、肌顕わすを恥じてはならぬ。」
母はそう教えてくれた。
程よい乳房が露わになっても気にしなかった。
九寸五分の刃を懐紙に巻く。
ためらいはなかった。
突き立てて割いた。
この痛み苦しみこそが夫と共有した大義なのかと思った。
満ち足りて幸福な気分だった。

早朝少雨あり、血は洗われて両名ともに眠るごとくであった。
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by kikuryouran | 2012-05-10 04:19 | 心中情死 | Comments(5)