愛と死の妄想  feseppuku.exblog.jp

ショートな妄想フィクションを書いています


by kikuryouran
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狂気の誘惑

自分の中ではまだ腹切る願望と死へのためらいが戦っていた。
私は裸で胡坐(あぐら)をくんだ。
切腹に血が騒いだのはいつ頃からだったろう。
前世からの記憶かもしれない。

手に持つ短刀は妖しい光を放っている。
刀身を見詰めていると引き込まれる。
情念と狂気、刃の誘惑と生への執着。
危ういバランスが崩れる予感があった。
私にとってそれこそがエロスの極致と思えた。
いつかきっと均衡が崩れて、私は刃を腹に突き立てる。
じっとりと汗が噴き始めた。

ペニスが硬度をもって屹立していた。
手淫して欲情を吐かせてもそれは萎えなかった。
それは生きたいという意志だった。
「未練な!」
勃っているそれを根元から切り放した。
魂が咆哮する。
自分の腹を十文字に割く。
妄想と現実が交錯していた。
何度も繰り返されて、その想いは研ぎ澄まされていく。


その日、彼は刀剣展の会場で立ち尽くしていた。
何日も通って会期はもう今日が最後だった。
目の前には短刀が妖しい光を放っている。
無銘ながら銘品だった。
鎌倉期のもので何度も血を吸ったと伝えられている。
拵えは無く、刃先鋭く反りは少ない。
身巾は狭く刃渡り八寸余り、中程に小さな曇りがある。
彼は誘われていた。

その時周囲に何人も人はいた。
彼は短刀に手を伸ばした。
見ていた者もそれは自然な動作に思えた。
気が付いた者が職員を呼んだ。

逃げようとする気配はなかった。
「騒がないで下さい。」
彼は遠巻きに見守る者に言って、その場に胡座をくんだ。
手には展示されていた短刀が握られている。
「この短刀が俺を誘っている。」
彼が小さく呟くのを何人もの人が聞いた。
素肌に着けたワイシャツの前を開ける。
清らかさを感じさせる胸と腹だった。
ズボンの前ボタンを外すと固く勃った男根が弾け出した。
彼は片手に短刀を持ったままそれをしごいた。
やがて白濁した液体が散った。
ワイシャツの裾で刃先10センチほど残して短刀を包み腹を揉む。
萎えぬペニスを彼はしばらく見下ろしていた。
雁首を握って根元に刃を走らせる。
それは見事に切り放されて血が噴き上げた。
肉塊を前に置いて、下腹に突き立て引き回す。
ゆっくりと膝間に血が広がった。

十人ほどの男女が見守る中で、彼は平然として全ての動作を行った。
自慰を見ながらも卑猥さは感じなかった、と後で一人の女性が感想を述べた。
古武士のように見事な切腹でしたと述べた者もいた。
それが神聖な儀式に思えて、止めるのを憚られたと誰もが口を揃えた。

警官が到着して取り押さえるまで十数分の時間があった。
彼は十文字に腹を切り、内臓を溢れさせ病院に運ばれた。
不思議にも満足そうで苦しんでいないようでしたと、救命に携わった医者が言った。
彼は割腹自決を遂げ、事件は狂気の自殺と報道された。

それからしばらく、切腹自決を試みる者が何人も現れた。
男も女もいた、成功した者も失敗した者もいたが、もうほとんど報道はされなかった。
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by kikuryouran | 2011-07-05 02:56 | 平成夢譚 | Comments(13)