愛と死の妄想  feseppuku.exblog.jp

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by kikuryouran
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 殉死相続

「俺は殉死する。」
妻の伊久と弟の小市朗を前にして伝八郎は言った。
彼は藩主貞憲の側小姓として衆道寵愛を受けていたことがある。数日前その貞憲が病で身罷り、伝八郎はすぐに殉死を願い出ていた。
「もう十年も昔、俺は殿に殉死を誓ったことがある。閨の戯言とあの方はお忘れであったかもしれぬ。しかし俺は忘れたことはない。」
この頃、衆道男色は隠すことではなかった。伝八郎にお手が付いたことは家中で知らぬ者はない。
「俺は良い死に時と思うている。」
見事に死んで、色奉公だけの者ではないことをあらわしたいと言った。妻である伊久は、彼が男色者でないことを充分に知っている。殉死となれば武士の妻として止める理由はなかった。
「小市朗、そなたは伊久を妻にして家を継ぐがよい。ご重役親類衆、伊久の実家にも話はつけてある。」
家督を継いで義姉を妻にするのは珍しいことではない。小市朗はまだ二十歳前だが既に元服も済んでいる。伊久は三つ上だが子はなかった。彼女は黙って頷いていた。
既に決められたことに二人は否応もなかった。

翌日、伝八郎は二人だけに見守られて切腹の座に着いた。
「俺はこの時を待っていたのかもしれぬ。」
呟きながら大きく前を寛げる。胸板と締まった腹を大きく露わにした。
「小市朗、わしの首がそなたの初陣じゃ、しっかり討て。」
切腹刀を取って、後ろに立つ弟に声をかける。
「稚児小姓と嘲られてはならぬ、充分にする。声をかけるまで待て。」
「兄上、承知いたしました。ご存分に。」
「伊久、そなたに見せる武士の最期じゃ見届けてくれ。」
「拝見いたします。」
前に座った伊久は目を逸らさずに答えた。
「お心遺しなく、ご立派になさいませ。」
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伝八郎はもう前を見なかった。見下ろしてしばらく確かめるように腹を揉んだ。
声をころして腰の際から下腹を大きく横に切り裂いた。
「うむううう・・・ぐううううう・・・。」
白い袴が赤く染まっていく。全身から汗が噴いた。尻に敷いた三宝が音を立てた。
抜いた刃を臍の辺りに突き立て、縦に切り下げる。傷口が開いてはらわたが溢れようとする。手で押さえて前に屈んだ。
「小市郎・・・。」
苦しげに名を呼んで首を前に伸べた。
「兄上、お覚悟!」
小市郎が腰を落として振り下ろす。肩口から首が折れる。一気に血が噴き前に座る伊久にかかった。

「お見事な。」
検死に訪れた目付役が感嘆の声を上げた。首を肩口に置かれて、伝八郎は血だまりの中で伏せっている。
「殉死いたされた方は五名。一等見事な致しようと心得る。小市朗殿の手並みも見事。色稚児よと陰口を言う者はもうおるまい。」
それは伝八郎が陰では男色小姓であったことを嘲られていたことを示していた。
伊久はまだ血を浴びたままの姿で座り続けている。それは夫を見送った妻の鑑と見えた。
「伊久殿もよう見届けられた。伝八郎殿から既にお届けは出されておる。後は良いように。」
全てを心得たように彼は言った。

すぐにも内輪で仮の杯事を行い、小市朗は家督を継いだ。殉死となれば武士として祝うべきこと、喪は形ばかりのものだった。
「義姉上、兄上を恋しゅうはございませぬか。」
「小市殿、もうそのように呼ぶのはお止めなさい。」
「義姉上こそ・・・。」
「そうでしたね。」
笑いながら顔を見合す。夫婦(めおと)になってもうひと月が過ぎようとしていた。しかし二人だけになるとまだ癖はなおらなかった。
「前(せん)のお方は・・・。」
彼女は前の夫をそのように言った。
「前々から、貞憲様に万一の時は殉死すると言われていました。」
「その時は介錯を頼むと私には。」
「ほんに見事なご切腹でありました。腹切る時を待ち望んでおられたのかもしれませぬ。」
壮絶な切腹が思い出された。
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「貴方の事を好きかと訊かれたことがあります。」
「何と答えられた。」
「その時は、虫の好かぬお方と。」
笑いながら女は甘えるように顔を寄せてくる。閨では女が導いた。やがて主客は転倒する。男は自信を覗かせて組み伏せる。女は好む愛技を教えながら、身体を開いて身を任せた。

三月ほどが過ぎて、女は体に変調を覚えた。
「俺の子か、それとも兄者の・・・。女には誰の子かわかると聞く。」
切腹前夜、此の世最後の名残りを惜しんだことは小市朗も知っている。
「死ぬる前の精は濃いという。」
「五年添うて前のお方とは子は出来ませんでした。不義の子かもしれませぬ。」
伊久は笑いながら言った。
「わしの子だというのか。」
それは殉死前から既に男女の仲であったことを意味していた。
「兄上はご存知であったろうか。」
「不義者とわかってお譲りにはなりますまい。」
自信ありげに女は言う。
「いずれの子でももうよいではありませぬか。今は確かに夫の種でございますよ。」
腹を撫ぜながら女は微笑んだ。
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by kikuryouran | 2008-11-06 12:20 | 男色衆道 | Comments(0)