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ショートな妄想フィクションを書いています


by kikuryouran
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衆道者奇談 (五)

あとがき

この話は、一年以上前に書いて「切腹ゴッコ」さんのブログに掲載していただいたものです。私が話を書いて「切腹ごっこ」さんに挿絵を描いてもらいました。今回、うちでアップするのに文章に手を入れましたが、大筋はほとんど変えていません。ゴッコさんの絵に男性器が露骨に描かれていますが、不快に感じる方があるなら申し訳ありません。これは私がわざと露骨に描くように依頼しました。

稚児というのは平安の頃からあったものです。寺院や武家の女性の入れぬ場所で、男の子が幼い頃から修行を兼ねて日常の奉仕をしました。稚児の上限は十七~十八歳ぐらいまでといわれて、必ずしも男色の奉仕者であったわけでもないのです。寺でも有髪のまま、男ばかりの世界で華やかさを競ったといわれます。
いわゆる小姓というのは、常に武将の身辺の用事を務め、警護の役目もありました。その中でも特別に寵愛を得た者は夜伽の相手もしました。主人の性欲の処理、セックスのお相手をしたわけです。これが「稚児小姓」です。この頃、男色は恥ずべき行為ではなく、歴史文献に残る男色恋愛も少なくはありません。色稚児が職業的に成立していたかは筆者の想像ですが、江戸の頃には男色を専門にした男娼がいたのは事実ですから、戦国の頃になかったとも言えないように思います。

信長の行った根切り(皆殺し)は凄まじく、捕らえた者は戦闘員か否かを問わず、幼児さえも助ける事を許しませんでした。歴史に残る比叡山掃討はあまりに有名です。
戦場での略奪陵辱は茶飯のこと、生きて捕らえられれば辱めを受けて殺される。雇われ雑兵には軍律などは期待できません。根切りとなればその恐怖は想像を絶するものだったでしょう。陵辱を怖れ、自害した者も多かったといいます。
戦国の頃、主家が滅亡して決まった主(あるじ)を持たずに、金で雇われる流れ武士がいました。彼等は逃げる術も心得ていなければ生き残る事はできなかったでしょう。

胡蝶丸は死を覚悟して、その恐怖を紛らすように自慰をします。死を前にした昂揚が命の燃焼を誘うのは本能かもしれません。男であることの主張であるのかもしれない。死なねばならぬなら男子(おのこ)として死にたいと男性のシンボルを握りしごき精を散らす。蔑まれて生きてきた彼にとっては、腹を切って死ぬのはせめても男としての魂の救いであったのかもしれません。

胡蝶丸が切腹して果てたいと思ったのは、源吾に腹切ると誓わせた武士の生まれ変わりだったのかもしれません。あるいはかの武士の魂が乗り移ったのかもしれない。いずれにしても、彼が源吾に運命的直感を感じるのは、潜在意識に刷り込まれた前世からの因縁であったと思わせます。
胡蝶丸は元々同性愛者ではありません。色稚児は生きる手立て、女の相手もしたかもしれない。衆道契りを結んだ経験から、源吾は男色に偏見がなかったと思えますが、彼も男色者ではありません。死の予感と男同士の交わりから、抑えていた過去の記憶がよみがえり始めます。胡蝶丸が源吾の記憶をより鮮明に浮かび上がらせる。過去の記憶と胡蝶丸の存在が絡み合い、導かれるように源吾は腹切る覚悟を求められます。

衆道というのは、武家の間で行われた男性同性愛の事といわれますが、戦場で生死を共にする契りであったともいわれています。互いに男として生命の飛沫を迸らせて契り誓うのです。互いの血を吸って交わす、義兄弟の誓いがイメージとして近いかもしれません。片方が女性的に受け入れる男性同性愛のセックスとは、趣を異にする交わりであったのではないかと思われます。

源吾は勇敢な戦闘者です。体中の傷がその勇敢さを示しています。しかし彼には、自分が腹も切れぬ卑怯者との負い目がありました。忘れようとして心の底に沈めていた記憶があります。胡蝶丸の手で男根(おとこね)をしごかれ、男同士の交わりから腹切る契りを思い出します。胡蝶丸のものを含んだ時には、彼もすでに運命的な出会いを感じていたのかもしれません。戦場でなで斬りに殺される予感から、彼の腹切り死にたいという願望がよみがえり始めます。しかし、源吾はすぐには気付きません。胡蝶丸を誘いながらまだ生きる道を探そうとします。若者が嬲(なぶ)られ辱められて殺されるのを見て、胡蝶丸に男として誇りを失わずに死なせてやりたいと思います。その時彼の脳裏に過去の自分と胡蝶丸が重なります。彼に切腹を遂げさせることは自分自身の負い目を消すようにも思えます。

源吾は胡蝶丸に衆道契りを求めます。それは彼を自分と同化させる儀式と思えるのです。胡蝶丸もそれを感じとり受け入れます。彼は性の奉仕者としてでなく、一人の男として源吾に契り応えたといえます。男女の性交は、互いの情愛を交わし確かめる行為といえますが、彼らのそれは互いの覚悟を確かめ魂を同化させる儀式だったといえます。その時二人の魂は重なったでしょう。互いの生を共有していると実感できたのです。

腹を切るには相当の気力と体力を要するといいます。意思はあっても、色稚児であった胡蝶丸には切腹は難しかったでしょう。源吾に励まされ、彼の中に潜む血の記憶が彼に切腹を遂げさせます。彼らはこの時、別の肉体を持ちながら既に魂は一つに溶け合っていました。周囲を囲む魂に見守られて、本懐通り男子(おのこ)として胡蝶丸は死を迎えます。源吾は彼の最期を見届け、宿年のわだかまりが解けた思いの中で死を迎えようとします。

源吾の最期を見届けた武士は、衆道を知るとみえます。彼の「羨ましい」という言葉に、契りを交わしながらも想いを遂げられなかった過去を感じさせます。源吾と契りを交わした武士が乗り移っていたのかもしれません。源吾の命が消える瞬間、すべての魂が重なり溶け合います。

彼らにとって切腹腹切りは、男としての誇りを保ったまま死に臨む唯一の方法と思えるのです。腹に刃を突き立てる時、既に此の世のすべてのしがらみ屈辱は消えて、男として死に立ち向かうピュアな精神だけが彼らを支配するのです。自らの肉体に加える苦痛こそは、ただ無垢な魂を昇華させるための闘いであったように思えます。

筆拙く、このような言い訳を付け足す事をお許しいただければ幸甚に存じます。
最後にこのような拙作に連載挿絵の労をお取りいただいた「切腹ごっこ」様に、感謝の言葉を述べさせて頂きます。ありがとうございました。


       kiku 拝
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by kikuryouran | 2007-12-09 04:44 | 男色衆道 | Comments(1)

衆道者奇談 (四)

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 衆道者切腹

二人は新しい下帯だけを着けて向かい合い胡座を組んだ。
「そなたはこれを。」
源吾が自分の脇差を差し出した。
「わしはそなたの短刀を使わせてもらおう。」
鞘のままに各々膝前に置いて見詰め合う。
胡蝶丸はすでに色稚児とは見えなかった。か細く見えた身体が頼もしくも凛々しく見えた。
「胡蝶よ、これは情死ではない。そなたはもうわしと同心、男として衆道契りに殉じて死ぬる。最期は刺し違えて共に逝こうぞ。」
「私は男子(おのこ)として、契りに殉じ腹を切ります。」
しっかりした声で前を見て礼をした。

源吾にはすべてが夢のように思えた。俺は今衆道に殉じ、この若者に腹切らせるために死ぬる。生きたいと思って生きてきたのではなかった。死ぬ機を求めて彷徨っていた。そしてやっと辿り着いた。何もかもが今終わる。これでいい、これであの方との約束も果たせる。

胡蝶丸は見下ろしながら腹を撫ぜ下ろした。
『今自分は男子として死ぬる。』そう言い聞かせて下腹を揉んだ。色稚児と蔑すんだ者たちの顔が浮かんだ。かって見た腹切る若者を思った。あのように今死ねる。鞘を払い刀身を懐紙で巻いた。男の証しが誇らしげにまた勃起していた。息苦しい緊張にすべての筋肉が硬直し震えていた。息が出来なかった。大きく息を吸う。張りつめた静寂の時が流れていた。その時胡蝶丸は不思議にも懐かしい思いに捉われた。

ぎこちない手の動きが、激痛への怖れと闘っているのをうかがわせた。胡蝶丸の白い肌が紅潮してゆく。細腰伸ばして腹を撫ぜ揉む姿はさすがに哀れとも見えた。源吾は黙ってそれを見ていた。遠い記憶が浮かぶ。そうだ、やはりこれはあの時の俺だ。源吾は心の中で叫んでいた。あの時俺は恐ろしさにかられて逃げた。恐怖が蘇る。彼は自分を励ますようにふぐり袋を握り締めた。

胡蝶丸が腹に突き立てようとする。虚しく肌に傷をつけて刃先は跳ね返された。幾度も突き立てようと試みる。腕が震えてためらいの傷をつけるばかりだった。
「恥ずかしゅうございます、私にはやはり・・・。」
悔しさに涙がこぼれた。
「切れませぬ・・・。このような軟弱者、いっそ楽に殺して下され。」
下を向いて嗚咽を漏らした。

源吾が前の短刀を取る。布で巻き込み握り締めた。両膝立ちに伸び上がる。もう迷いはなかった。すべての筋肉に力を込めた。下腹を撫で揉む。一瞬懐かしい顔を見た。自分の前で見事に腹を切っていった人々が誘っていた。
『源吾、男子(おのこ)として果てよ。』
声が聞こえた気がした。
「見よ胡蝶。」
源吾が叫んだ。呼ばれて顔を上げる胡蝶丸。その刹那、源吾は両手で振りかぶった短刀を腹にたたきつけた。白い股間が一気に赤く染まっていった。
「後れるでない、造作もないこと。そなたの想いも見せてもらおう。」
苦痛に顔を歪めながら、前を睨んで声を震わせる。
「うむぅぅ・・・、さあ・・胡蝶・・・男子であろうが・・・。」
「源吾様・・・。」
伸び上がり、腹に突き立つ短刀を握ったまま源吾は目を離さなかった。しばらく二人は見詰め合った。
「契ったであろう、死に遅れては・・ならぬ・・・。」
逞しくも厚い胸板が震えて汗を噴く。
「契った・・・。死に遅れる・・・。」
胡蝶丸の心の中で何かが弾けた。不思議な光景が浮かぶ。周囲の人々が次々と腹を切っていた。男も女も腹切り悶えていた。源吾の中の記憶だと胡蝶丸は直感した。源吾が目で頷いた。
「そうだ、そなたはわしだ。あの時のわしだ。切れ、切るのだ。死に遅れてはならぬ。」
すべては錯乱の中の夢であったのかも知れない。

胡蝶丸は見詰め合ったまま膝立ちになる。操られているように両手で握り締めた刃を腹にたたきつけた。刃先は肌を突き破って肉を貫いた。激痛が走った。
「あううううう・・・。」
唇を噛み締めて叫びをこらえる。突き立つ刃を握って、膝立ちに若者の肉のすべてが震え痙攣していた。血がゆっくりと滴り始める。
「それで・・・よい・・。ようした・・・。」
二人はすべてを共有しているのを感じていた。心が通い合い一つになった。源吾が満足そうに顔をほころばせる。
「共に逝こうぞ。」
源吾の膝間にはすでに血溜まりができている。腰を頼んで右に割いた。傷口が開いて、臓物さえもが溢れ垂れた。
「うむうううう、むうううう。さあ、わしに倣うて・・・。」
励まされて、胡蝶丸も腰悶えさせながら引き回す。
「あううう、うううう。」
身を捩じらせ、喘ぎ呻いた。
「胡蝶・・・。見事ぞ、見事な切腹ぞ。」
源吾がにじり寄り、胡蝶の腹に刺さった脇差を引き抜いた。胡蝶丸も源吾の腹から短刀を抜き出す。互いの胸に刃先を当てた。これが最期としばらく見詰め合う。
「逝こうぞ。来(こ)よ。」
胡蝶丸が見上げながら身を投げる。源吾が胸板突き上げると、骨を断ち肉を裂く手応えを感じて刃先は背までも貫いた。胡蝶丸の目が満足そうに腕の中で見上げていた。
「これで・・・、これでもう・・・。」
男として散る甘美な死が胡蝶丸に訪れようとしていた。突き上げる快感が全身を貫いた。何度も精を放つ。抱きしめられて、彼はゆっくりと闇に包まれていった。

刺し違えるはずの短刀が、胸肌を裂いただけで胡蝶の手からこぼれて転がった。胸に脇差を突き立てられたままの胡蝶を横たえる。血達磨になりながら源吾は死に切れぬまま残された。
「やはりわしは、楽には死ねぬか。胡蝶の顔を見ながら逝くのが幸せかもしれぬ。」
転がった短刀には手が届かず、脇差は胡蝶を貫いて抜きもならず。流れ出す血が力を奪っていく。やっとすべてが終わったと思った。激痛に襲われながら安堵で満ち足りた気分だった。
意識が朦朧としていく。寄り添うて死が訪れるのを待つ。眠るごとくの顔を見ながら美しいと思った。見ているだけで心が安らぐ。
「待っていよ、わしもすぐ行く。もう離さぬ。そなたはわしをここまで導いてくれた。」
源吾は愛おしそうに髪を撫でた。二人の魂が溶け合う気がした。苦しみはもうなかった。安らかな静寂の中で気が失せていく。いつか外が白み始めた。


 衆道者の最期

騒がしい足音で源吾は気が醒めた。まだ自分は生きているのか。身体はもう動かなかった。周囲を目で探る。雑兵と目が合った。
「見ろ、まだ息がある。」
足で蹴られて仰向けにされた。
「腹を切ったようだがふんどしが緩んでおるわ。」
あざ笑うように、槍の穂先で血に染まった下帯を跳ね除けられた。源吾は虚ろに見上げているしかなかった。
「若い方は見事に果てているとゆうに、こ奴はマラを立てて死に切れぬような。」
見下ろす雑兵たちがどっと笑った。血まみれの男根が天を衝いて猛っていた。
「尻を突いて果てさせてやれ。」
また笑い声が響いた。源吾は四肢を開いて見下ろされていた。
『そうじゃ、胡蝶は見事に果てたであろうが。わしの身体はどうしようとも構わぬ、胡蝶には触れるな。』
男たちに言おうとしたが声にならなかった。

「笑い声が聞こえたが・・・。このようなところで何をしている。先に進まねば斬り捨てる。」
武士が入って来て一喝すると、男たちが慌てて出て行った。一人残った武士が周囲を見渡す。胡蝶を見、源吾を見てさすがに様子がわかる。
「衆道念者でござるか。」
優しい眼差しで武士が言った。源吾が目で頷いて笑う。
「羨ましいご最期じゃな。」
しばらく見詰め合って心が通うた。
「介錯仕ろう。」
見下ろして、武士が槍先を源吾の喉元にあてた。
『かたじけない・・・。』
声にならぬが、見上げて礼を送り目を閉じた。

源吾の脳裏を一瞬の内に夢が駆け抜けた。微笑む胡蝶が現れる。衆道契りを交わした武士が現れ胡蝶丸と重なった。周囲に幾つもの懐かしい顔が笑っていた。
「源吾、ようした。待っていたぞ。」
逞しい体に抱きしめられ貫かれた。快感が全身を走り抜けた。

鈍い音を立てて槍が喉元を貫いた。その瞬間、源吾は目を一杯に開いて武士を見上げた。仰け反りながら口から血が溢れ出す。何かを伝えようと唇を震わせたように見えた。股間にそそり立つ男根が命水を噴き上げて宙に放った。拡げた四肢を痙攣させながら放ち続け、やがて満足そうに目を瞑った。
「仔細は知らぬが衆道者(もの)には幸せな最期、さぞや縁(えにし)の深い二人であろう。両人ともに、満足そうな顔で果てておられる。蓮の台(うてな)で仲睦まじゅうお暮らしなされよ。」
心の込もった合掌をして武士は部屋を出ていった。
外では、侍達が待っていた。
「何をしておられた。手柄に遅れましょうぞ。」
「よいわ、すでに勝ちは決まった。根切りの手伝いなどはしとうない。ここには誰も立ち入らせてはならぬ。火をかけよ。」
「何を見られた。」
「男が見事に腹を切っておった。」
足軽が周囲から火を放つ。燃え落ちるのを見届けるまでその武士は動かなかった。見上げるともう日は高く、山頂の本堂からも黒煙が上がり始めた。



        完
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by kikuryouran | 2007-12-08 02:40 | 男色衆道 | Comments(0)

衆道者奇談 (二)


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 男子(おのこ)として死ぬる

山のあちこちに打ち捨てられた宿坊修行場が点在している。空が白み始める頃、二人は小さな宿坊に入った。いずれは四方から攻め登られて焼かれようが、二人だけの時をしばし過ごせれば充りた。
「疲れたであろう。しばらく休もう。」
源吾が太刀を抱いて板の間隅に座り込むと目を瞑る。側に添うて若者が腰に手を回した。

どれほど眠ったものか、源吾が目覚めるともう日は高く、すでに若者はいなかった。昨夜の事を思い出す。『二人だけで死ぬるか』などと、女ならまだしも、初めての色稚児にどうしてあんな事を言ったものか。直前まで落ちる算段を考えていながら、どうかしていると自分でも思う。
一人なら落ちる自信はあった。これまでも囲みを抜けて何度も逃げている。しかしあのような者と共にでは落ちられまい。あの時なぜかあの若者が愛しくて、俺はああ言わずにはいられなかった。あの稚児はどうしただろう、逃げたのか。

若者が入って来る。昨夜の稚児とわかるまでしばらくかかった。身なりも昨夜のそれとは違っていた。
「お目覚めでございますか。よう眠っておられましたので、戻って食べるものなどを少しばかり。」
昼間に見る彼は屈託もなく笑って普通の若者に見える。夜の顔を思い出そうとしたが今は素面、あの妖艶さは窺えなかった。年齢はと思う。昨夜は幼くも見えたが十六、七にもなっていようか。
「そなた、歳は?」
「もう十六になりました、稚児というにはもはや・・・。」
声までが違うように思えた。世慣れた様(さま)は、生きてきた世凌ぎをしのばせ、それ以上は訊けぬ雰囲気を感じさせた。習い性になっているのか、さすがに気が行き届いて世話をする。知らずに会えば夜の顔など思いも寄らぬ。言葉や物腰も、どこにもいる律儀な若者としか見えなかった。それでやっと気がついた。昼の顔では目立たぬがこの若者は見かけた顔、源吾はすれ違うばかりで気にも止めなかった。

「裏に井戸が。汗をお流しなされては。」
周囲を木立に囲まれて木々の間から裾野が広がっている。まだ日差しは強かったが、木陰を流れる風は、もう夏も終わろうとする爽やかさを感じさせた。近くで戦があるとは思えぬのどかさだった。
汗と埃にまみれたものを脱ぎ捨て、源吾が水をかぶると側から若者が垢をこそぎ落とした。身体に残る傷痕を、一つ一つ確かめるように指でなぞり由来を訊く。笑って答えずに源吾は身体を預けて立っていた。厚い胸、引き締まった腹と尻、太い脚、すべての筋肉が鍛えられ張り締まって、恥部を隠そうともせず立つ姿は頼もしく見えた。
「様子はどうであった。」
「ふもとの砦がまた落ちたとか。皆酷い殺されようだそうでございます。明日にも四方から攻め寄せられるとの噂でございました。」
「もうひとたまりもあるまい。死人の山であろうな。」
他人事のように源吾はつぶやいた。
尻の谷間を洗われて男根が反応を示した。顔を見合わせて二人が目で笑う。
「昨夜は世話をかけた。そなたも脱ぐがいい、背を流してやろう。」
若者はしばらく躊躇い、何度も促されて裸になり背を向けて立った。細い腕と脚、なで肩で尻も小さい。荒事に向いていないのは一目でわかる。女かと思えるほどの白い肌、夜目には妖艶とも見えた身体が、明るい日の下では頼りなげに見える。恥ずかしそうに下を向いた。
「背を流してもらうなど・・・、初めてでございます。」
前を向かせると前を手で隠していた。
「恥ずかしがることもなかろう。互いに舐め合うた仲ではないか。」
笑いながら水を頭からかけると、彼も嬉しそうに笑った。初めて見る笑い顔は、明るく好もしかった。立たせて身体を拭ってやる。
「面白いものだ、この細い身体で道具はわしよりも立派なものを下げておる。」
見比べながら源吾が面白そうに笑った。若者のそれは堂々と濃い叢から垂れて既に男であることを主張し、まだ大人になれぬひ弱な身体が不思議な均衡を感じさせた。源吾は隅々までも拭ってやる。若者の汗の匂いが鼻腔をくすぐる。彼は抗いもせず、黙って源吾から目を離さなかった。
「この身体が間もなく虚しゅうなるとはな。無惨な・・・。」
「死なねばならぬなら、腹を切りとうございます。」
独語のように若者が言った。
「健気(けなげ)なことを・・・。苦しいぞ。」
「せめて最期は男子(おのこ)として恥ずかしゅうなく果てたいもの。私には無理でございましょうか。」
顔に真剣な想いがこもっていた。
「私は幼い頃より、男らしくは生きられませなんだ。せめて最期はと・・・。」
源吾は不思議なものを見るように若者を見た。
「男子として恥ずかしゅうなく果てたいとか・・・。」
以前に自分も同じ言葉を言ったことがある。同じことを考え、果たせなかった。この時彼はこの若者に自分との運命を感じた。
「この腹を切ろうというのか・・・。」
若者の腹に指を這わす。筋肉を感じさせず脂肉もない薄い腹だった。指で押すと腸(はらわた)の弾力さえも感じられた。中央の窪みはきれいな形をしていた。すぐ下には濃い草むらと男の証しがある。昨夜のことを思い出して手が伸びる。握って顔を上げた。若者は源吾から目を離さずに立っていた。
「切れるか。」
「はい。」
それだけ言って若者は頷いた。源吾は無言で細い身体を抱き寄せる。柔らかい女のような身体だった。彼の手を取って自分のものを握らせた。

そうだあの時と同じだと源吾は思った。あの人は同じように抱いてくれた。同じに訊かれて同じ答えをした。この若者はあの時の俺だ。俺を抱いた胸は逞しく、この指の中で男根は膨れ勃って固くなった。男の匂いとはち切れるように盛り上がった肉の感触を思い出した。
「源吾、怖れてはならぬ。腹切り男子(おのこ)として果てよ。」
あの人はそう言って俺の前で腹を切った。流れ出す血が広がり臓腑が溢れた。最期に俺と目を合わせて首を落とされた。血が噴き上げ、目の前に首が転がった。俺はその時恐怖に襲われた。周囲の人たちが次々と腹に刃を突き立てた。女さえもが見事に腹を切った。呻く声と血の匂い。死に遅れてはならぬ。見下ろす腹にあてた刃が震えた。男として果てねばならぬという思いと、死ぬる恐怖とが闘っていた。心の底に抑えていた記憶が蘇った。

心地よい風が流れてせせらぎの音が聞こえていた。遠くでのどかに山鳥が鳴いた。源吾のものを握って、腕の中に若者がいた。
「腹切りて死ねば男として最期を飾れようが。」
「共に死んで下さいますのか。」
源吾は答えなかった。若者は源吾の肉棒を握り導き、刃のごとくゆっくりと自分の腹に這わした。源吾も彼のそれを握って下腹にあてる。互いに目を見て離さなかった。握り締める男根が硬度を増して腹を突く。交差させ互いに己の腹に這わした。差し違えているように覚えて、源吾は腹を突き出し握る指に力を込めた。
源吾はこの若者を愛しいと思った。悶え苦しむであろうが、せめて望みのままに死なせてやりたい。この若者と共に自分も腹切り死にたいと思った。魂が呼び合うとはこのようなものかとおぼろげに感じていた。
握り合い見詰め合って立ち尽くしていた。遠くで地鳴りのような戦(いくさ)の音が聞こえてきた。山に木霊する弾ける銃声も二人の耳にはもう入らなかった。貪り合うように口を吸いもつれ合った。指の中で男根が膨れ上がり、互いの腹に命水が弾け散った。


 稚児の覚悟

「様子を見てくる。必ず戻る、待っていよ。」
夕刻になって源吾が出て行った。彼は薄暗い宿坊に一人残された。

幼い頃より稚児を仕込まれ、色を生業(なりわい)にして世を渡った。慰めた男は数も知れぬ。放つが欲の男ばかりを見てきたゆえか、人の情など信じなかった。そんな自分があの人を見て心魅かれた。ただ一度竿を咥えて命を預けるなどと、不思議な縁(えにし)と思うしかない成り行きといえた。

慰めに口を使うは普段の手管、しかしあの人のものを含んだ時は何かが違った。心の中の糸が切れた気がする。血が逆巻き、気をやる自分にうろたえた。普段なら口で受けても吐き捨てるが、あの人のものは貴いもののように思えて身内に入れた。男の命を注がれた気がした。あの時、共に死ぬる予感があったのかもしれぬ。
堅気には侮られるが常の身で、あの人の言葉には蔑む気持ちは感じられなかった。横たえられ開かれて含まれた。戯れにはあったことでも、あれほどに心こもって扱われたことはなかった。身をまかせ心が溶けた。なぜか涙が溢れて止まらなかった。
『二人だけで死ぬるか』などと思いもかけぬ言葉が、なぜかあの時心に響いた。

戦が続く狂気の世、死は常に身近かにある。いつどのように果てようとも覚悟はあった心算でいた。世を捨てて、それゆえに逃げ遅れたといってもよかった。そんな自分が嬲(なぶ)り殺しにされる姿を想像した。根切り虐殺となれば容赦もない。名のある者は死に場を与えられても、力ない者は慰め物、裸に剥かれ犯されて殺される。そのような光景は幾つも見ていた。見目良い者は死骸になっても辱められた。色稚児とわかればなおのこと、女以上に辱められいたぶられる。死ぬる覚悟はあったが、嬲(なぶ)られて殺されるのは嫌だ。

死を前にして、たとえ味方とてもすでに狂気、突然に踏み込まれて蹂躙されるかもしれなかった。灯りが外に漏れるのが怖くて、暗闇の中で部屋の隅にうずくまっていた。もう生きる事は考えていなかった、ただ死に方だけを考えていた。

前の戦(いくさ)で敗れた武将が両軍の見守る中で切腹し、その傍らで若者が腹を切った。白き肌を諸肌脱ぎ、誇らし気に見渡して腹に刃をあてる。美しいと思った。羨ましかった。死ぬるならあのように死にたいと思った。突き立て悶える様は悩ましく、真っ赤な血が若者の膝を染めた。見事に腹切る姿を人々は声もなく見守った。自分が腹を切っているような気がして身体が震えた。彼に倣って自分の腹に指を這わした。気が昂ぶり男根が突き上げていた。彼は見事に腹切り果て、皆が感嘆の声を上げた。その瞬間、精を放った。彼の悶える声が耳に残った。

自分もあのように死にたい、あのように・・・。闇の中で思い出し、男の印が痛いほどに帆を張った。自分のような色稚児が切腹などと、望んでも出来ぬことと思っていた。しかしあの人の側でなら・・・。抱かれながらそう思った。自分でもあの人の側でならきっと立派に腹を切れる。着物の下で腹を撫でてみる。血が騒いだ。互いの男根を腹に這わした感触が蘇る。指が握り締めたものを思い出した。あの時確かに切腹すると心に誓った。

色稚児は、客を喜ばせるためにいくことはあっても、芯から気をやってはならぬと教えられた。昨日から自分はどうかしていると思う。自分が抑えられなくなっていた。前を開いて握り締める。肉塊は指の中で熱く猛っていた。目をつぶると、晴れやかな切腹座に自分が居た。腹切る刀が冷たく光る。怖かった、怖かったが雄々しき男根は自分が男であることを思い起こさせた。自分もあの若者のように腹を切って死ぬ。果たせばもう侮られまい。体中を血が駆け巡る。片手で腹を揉みながらゆっくりとしごき始める。頼もしい顔が浮かんだ。
「源吾さま・・・、参ります。」
切腹刀を突き立てた瞬間、快感が走った。手が激しく擦りしごいて、一気に噴き出した男の命が宙に散った。暗闇の中でいつまでも全身の筋肉が硬直し震え痙攣していた。

暮れた静けさの中でもう虫が鳴き始めた。男はなかなか戻ってこなかった。これほどに遅いのは、置き去りにされたのかもしれない。あの人一人なら落ちられたのかもしれぬ。『共に死んで下さいますのか』と訊いたが答えてはくれなかった。暗闇の中ではわずかな時が永遠とも思えて、男がもう戻って来ないのではないかという不安と闘っていた。
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by kikuryouran | 2007-12-06 02:04 | 男色衆道 | Comments(0)

衆道者奇談 (一)

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夜の見張り

僧兵数千が守る比叡の山も信長軍に囲まれて既に孤立していた。山の要所にある砦は次々落とされ、すでにこの砦にも残る者は少なかった。山間に吹く夜の風はもう秋の気配を感じさせている。源吾は一人で夜の見張りに立っていた。金で雇われる渡り武士、負ければ命の保証はない。周囲の繁みには敵の物見が潜んでいるかもしれなかった。彼はどう落ちるかと考えながら辺りを見回していた。
『負けと決まれば命まで賭ける義理もない。俺一人が消えたとてもう気に止める者もあるまい。』
砦内から忍んで近付く影がある。戦場には不似合いな色小袖、小柄な身体は暗闇では女とも見える。落ちる機会を逃したのか、僧を相手の色稚児とわかる。

「これからいかがなりましょう。」
若者が小声で話しかけた。
「信長は根切りにせよと厳命しているそうな。捕らえられた者は老幼男女構わず殺される。すでに山裾は囲まれ逃れる術は無いと聞く。闘う者は討ち死に、なぶり殺しが嫌なら自害しかあるまい。」
源吾は顔も見ないで答えてやる。
「ここにいる者は皆死ぬのでございますな。」
「死ぬのは怖いか。」
「あなた様は怖くないのですか。」
「怖い時には女を抱く。」
源吾の言い様は、つきはなすように冷たかった。
「ここに女はおりませぬ。私でよくばお放ちなさいますか。」
明日にも死ぬると聞きながら、肝の据わった物言いが若者を不敵に頼もしく感じさせた。
「そなたらの手を借りると法楽浄土を見るという、願ってもないことじゃが。」
品定めするように若者を見る。髪は小姓髷に結い顔立ちは美形、月明かりに妖艶な色気を感じさせた。戦を前の昂ぶりを鎮めるために精を放つのは常のこと、源吾は苦笑しながら言った。
「頼もうか。」
嬉しそうに頷いて彼は身体を寄せてきた。

敵に背を向け、矢防ぎの盾に寄りかかって源吾は立った。小柄な身体が膝元にうずくまり、源吾の袴の紐を解きふんどしを外した。股間が心地よい夜気に晒される。半身は敵の目にさらされているが、味方からは見張りに立っているように見える。
「汚れていよう、すまぬ。稚児殿の手は初めてじゃ。」
幾日も湯を使ってはいなかった。垢と汚れで自分でも異臭を放っているのがわかる。
「お気遣いなさいますな。すべてお任せなされて。」
遠くからはうずくまる稚児の体は見えないが、近くに来れば何をしているかは明らかになる。今襲われればひとたまりもない。しごかれながら死ぬのもよかろうと思いながら、股間を預けて空を見上げた。雲間を月が流れていく。柄にもなく死ぬる予感が源吾の頭をかすめた。
柔らかい手で探られ包まれて、男根(おとこね)はすぐに膨らみ始めた。指が内腿を這い蟻渡りを探る。やがて立っているのが辛いほどに両脚が震えだす。よほどに慣れた指使いだった。熱いものがこみ上げて、一気に体温が上昇したように思った。
「いかにも極楽じゃな。このような・・・。」
若者が固くも勃ったものに口を付けた。
「そのような・・。汚れておる、それほどにしてもろうては・・・。」
雁首を舌がなぞる。根元まで吸われて耳の奥で早鐘が鳴った。尻の穴までも指で攻められ、体中の血が逆巻いた。叫びそうになるのを堪える源吾の脳裏を何かが走り抜けた。
快感に貫かれてもう我慢が出来なかった。稚児の頭を腹に抱き締め、全身を震わせて源吾は放った。すべての筋肉が強張り痙攣を続けていた。しばらく含まれたまま余韻に浸った。生涯でこれほどの快感は初めてだった。若者は丁寧にふんどしを付け直し、袴を穿かせ結んでから立ち上がった。
「ご無礼申しました。」
「お飲み下されたのか、ありがとうござった。いかにも極楽。これほどの思いは初めてであった。」
「私もあなた様のお精を頂き嬉しゅうございました。」
愛しさを覚えて抱き寄せてやると、彼は女のようにしなだれかかった。


死出の道連れ

これまで何故か心にかかっていたが、色稚児の後ろめたさで声をかけられなかった。あの人が一人見張りに立ったのを確かめて近付いた。
膝元にひざまずいて、袴を脱がせふんどしを外した。陰部の濃い叢がむせるような異臭を放っていた。萎えた竿とふぐり袋を手で包み、引き締まった臀部を撫でて内股に指を這わせる。すぐに男は屹立し鼻先まで届いた。男色の手管で指を尻に這わし、菊座に挿入した。内襞(ひだ)が指先を締め付ける。この人は男と契ったことがあると指先が確信していた。
雁首を口に含み舌で恥垢を拭う。口いっぱいに男の味と匂いが広がり、全身の血が沸騰して頭が眩んだ。巨大な潮が押し寄せてくる。もう何も考えられなかった。突き立てた指が菊座を攻めながら、夢中で口を使った。頭を下腹に抱き締められた。引き締まった腹の肉が震えて口の中で男根が膨れあがる。その時、男の命のすべてを注がれる予感がした。自分も昇り詰めようとしているのがわかった。男が全身を痙攣させて精を放った。押し寄せる巨大な波に飲み込まれて自分も精を放っていた。このようなことはないことだった。

「そなたに礼をせねばならぬ。」
源吾が銭を出そうと懐に手を入れる。
「明日にも死のうかという時に、気持ちを銭で購(あがな)われるお心算か。お止しなさいませ。」
笑いながら若者が止めた。
「覚悟はついたつもりでも、死ぬのは怖うございます。」
彼はポツリと言った。源吾は手を握ってやった。股間に手を伸ばすと濡れていた。
「そなたも果てたか。」
色稚児は果てさせて果てぬものと聞いていた。抱き上げて草むらに寝かせた。恥かしそうにするのを目でなだめて、源吾はひざまずいて裾をはねた。夜目にも白い肌が浮き上がる。下布がべっとりと濡れていた。
「共に果ててくれたのか。嬉しい事じゃ。」
股間は精水と若者の汗の匂いがしていた。縮れた繁みの中心に萎えた男の印がある。懐から手ぬぐいを出し拭ってやる。誘われるように口に含んだ。
「そのような・・・、そのようなもったいない。」
柔らかいものを舌で拭うと精水の匂いが広がる。果てたばかりの男根が少し硬度を増した。
身をよじって逃げようとするのを抑えられ、若者は観念したように力を抜いた。
「先ほどの礼じゃ。そなたのように巧みではないが、わしとて男同士の交わりを知らぬではない。」
若者の口から喘ぎが漏れた。口の中の肉塊が源吾に懐かしい感触を思い出させた。人肌が恋しかったのかもしれぬ。死ぬる予感と放った余韻がそうさせたのかもしれなかった。

月を見上げて二人は腰を下ろした。
「恥ずかしい姿をお目にかけ申しました。」
下を向いたまま、消え入りそうな声で礼を言う。
「そなたのような色者は、すでに落ちたと思うていたが。」
「数日、急な病に臥せっていて逃げ遅れました。」
「わしもこのように因果な稼業、これまで随分人も殺した。すだれにされても文句は言えぬが、あまりに惨い死に方はしとうない。」
いつかもう、長い知己のような話し方になっていた。
「私とて惜しい命でもございませぬが、嬲(なぶ)り殺しは嫌でございます。」
「助けてやりたいが逃れる道はすでに閉ざされておる。明日明後日(あさって)にも敵がなだれ込み、わしもそなたもなで斬りになろう。先ほどまでは惜しい命でもなかったが、何故かわしも死ぬのが怖くなった。」
各々が無惨にも殺される姿を思い描いて、二人は目を合わさなかった。しばらくの沈黙の後で源吾がポツリと言った。
「いっそ、二人だけで死ぬるか。」
若者が顔を上げて源吾を見る。
「どうせ助からぬ命なら・・・。」
逞しい胸に華奢ともみえる身体がしがみつく。月はもう山の端に落ちようとしていた。
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by kikuryouran | 2007-12-04 21:07 | 男色衆道 | Comments(0)

会津女自刃

「竹子様は見事なお討ち死にでございました。」
弓子は俯いて言った。
「首を渡してはならぬと言われて、優子殿が掻かれたそうでございます。」
深雪は苦しげに唇を噛んだ。
「お城に戻れましょうか。」
不安気な声で辰子が言った。

逃げ惑い追われる内に女ばかり三人が山中に取り残された。幼い頃から知る会津の山も、踏み入ると方向を見失った。弾けるような銃声が遠くで聞こえる。山に木霊してどの方向から聞こえるのかはわからなかった。薩摩言葉の男達が下の道を通っていく。周囲を木立に囲まれた窪地に潜んだ。

「このままでは・・・。」
「白虎隊の方々は潔く自刃されたと聞きます。」
「そなたの許嫁もおられましたね。私の弟も・・・。」
空はまだ明るかったが、もう日が傾き始めていた。
「生きて陵辱を受けてはなりませぬ。よろしいですね。」
二人を見ながら弓子が言った。ここで死ぬ同意を求めているのは二人にもわかった。
弓子は二十歳、嫁いでいたが夫は二日前の戦闘で討ち死にを遂げている。深雪は十八、白虎隊士の許嫁があった。辰子はまだ十六だった。幼い頃から会津の地で育った顔馴染み、知らぬ仲ではなかった。水筒の水で布を湿らせて顔を拭った。それがせめての死に化粧だった。
「辰子さん、あなたが先に・・、見届けて私たちも。」
「はい。」
辰子は稽古袴に脇差を腰に帯びている。男勝りの性質であった。
「弓様、腹をしとうございます。」
「お希みならばなさいませ。後のお姿は整えましょう。」
嬉しそうに頷いて、辰子は座を正し前を押し開いた。まだ幼い胸だった。腰の紐を緩めて腹を露わにする。汚れを知らぬ白い肌が哀れさを誘う。刃先三寸残して脇差を懐紙で巻き込んだ。
「昨夜、母と姉が自邸にて自害致しました。武に疎く、戦えぬゆえ足手纏いになってはと・・・。」
「そうですか、あの方は私と同年でありましたが。」
「女ばかりの家でございましたので、せめて私だけがご奉公をと参じましたが、お役に立てず無念でございました。」
「お心は届いておりましょう。」

辰子は見事な切腹だった。脇から臍の下辺りを大きく切り割いて、胸に刃を抱いて前に臥せった。近くにいるかもしれぬ敵を気遣い、呻く声も殺していた。
「この人の父上も、京で見事にお腹を召されたと聞いています。」
弓子はまだ痙攣を続ける辰子を見ながら言った。
「まだお若いに・・・。」
「又八郎殿を慕っていたそうでございます。」
「深雪さんは、啓次郎殿とはもう契られましたのか。」
許嫁の名を上げて顔を見る。
「はい、出陣の前夜に杯を交わして・・・。」
恥ずかしそうに顔を染めて下を向いた。
「そう、それはよかったわ。」
女と生まれて、春を見ずに死ぬのはやはり不幸なことですものと弓子は言った。
空が赤く染まっている。戦の音はもう聞こえなかった。

「夫も待っていてくれましょう。」
「お優しい方でございましたね。」
「気のつかぬお人でありましたが。」
弓子が思い出したように笑いながら言った。
「お幸せでございましたのね。」
「子を産みたかったわ。」
女だけのたわいない会話がしばらく続いた。いつかもう月が出ていた。

深雪は男袴に刺し子の稽古着を着けていた。
「これは、啓次郎様が普段お使いであったものを頂きましたの。」
「それはなによりの死に衣装ですのね。」
弓子は袖丈一尺五寸ばかりの縮緬を着て義経袴の姿。
「私は竹子様に倣いましたの。あの方は美しいお方でしたわ。」
向かい合って座り脇差を抜いた。近付いて膝を交えた。
「さあ、参りましょう。」
二つの影が重なった。しばらく呻く声が聞こえて静寂が訪れる。月の光が三人の女を優しく照らしていた。
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by kikuryouran | 2007-12-02 13:51 | 白虎隊 | Comments(0)