愛と死の妄想  feseppuku.exblog.jp

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by kikuryouran
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無嗣改易

備中松山藩主池田長常(としまさ)様、俄かの病でご逝去は三日前の事。これから、表の名ある方々が幾人も御殉死なさると聞いております。すでにご寵愛であったお小姓が、ご逝去の夜の内にお後を慕い御切腹なさいました。歳は十五でまだ前髪、私どももお顔は見知っておりました。御同輩お見届けの中で見事にし遂げられたと聞いております。

「遅れては殿様ご不自由でございましょう。皆様、お先に参ります。」
袴の紐を解き緩め、華やかな小袖を脱ぎ落として肌着の前を寛げる。まだ幼さを残す骨立ちながらも、落ち着いた様子はかねてよりの覚悟を窺わせた。腹の切り様は幼い頃より教えられていたものか迷い無く、刃先一寸ほど残して巻き込まれた脇差傍らに、背を立て押し出した腹、脇から撫で揉む。女とも見まがう白き柔肌の、まだ春の盛りを見ぬままに散る花の哀れはあれど、ただ一途主に殉ずるが武士の本懐と信じて、健気にも白刃を手に取る姿のあまりに美くし。
脂肉はつかぬ若者の脇肌、潔くも突き立てる刃一寸ばかり。苦痛に喘ぐ声が漏れ、膝間に血が滴り、前に屈んで切り割く下腹一文字八寸を超える。細腰を震わせ見事に裂いて悶えるを、情けの介錯一閃して首を切り落とした。

翌日になると、長常様の幼い頃からのお側役であった森井半四郎殿が自宅で御殉死、その妻伊久殿も切腹自害を遂げられました。

「聞いてもいようが殿がお亡くなりになった。万一の時にはわしも殉死をとはかねてよりの覚悟であった。」
森井半四郎は御城から下がって、衣服を改めながら妻に何気ない口調で告げた。
「お察し申しておりました。私もあなた様と共にお預けした命、ご一緒に参りとうございます。」
夫の脱いだ着物をたたみながら、妻伊久も普段どおりの口調で答えて夫を見上げた。二人はしばらく無言で顔を見合していたが、やがて互いに頷きあった。

過ぐる年、男は殿様のお側役、女もお側近くに仕えていた。
「この伊久を嫁にと申すか。」
長常は二人を見下ろして怒りに震えていた。前寛げて脇差を抜く男の後ろで、女も躊躇わずに帯を解いて懐剣を抜いた。
「殿がこの女をお望みと知りながらのお願いでござる。お聞き届け下されねば、この場で二人揃うて腹切りお詫び申し上げる。」
長常は二人の様子を暫く睨み付けていた。
「強情な奴、本来ならば手討ちに致すべきところ、それほどまでの覚悟ならば致し方もあるまい。そなたらの切腹はわしが預かる。忠勤に免じてその女を下げ渡す。」
三人だけしか知らぬ秘密であった。
「私もあの折にお預けした切腹、果たしとうございます。」

長常様からお誘いを受けた時は、すでに半四郎様とは言い交わした後の事。長常様は二つ年下、半四郎と契ったことを隠し、私は姉のごとく導いて身をまかせた。奥方様には望むべくも無い身分違いなれど、ご側室ともなれば女の出世、愚かな打算に心が迷わなかったといえば嘘になる。
両三度、秘かにあの方のお情けを受けた頃、半四郎様の知るところとなった。
「主(あるじ)殿とわしをてんびんにかけたか。そのように淫ら不実な女と気付かなかったのはわしの不覚。そなたを斬ってわしも腹切って死ぬる。」
私には言い返す言葉もなかった。
「申し訳ございませぬ、私の不心得でございました。長常様にもお詫びして、お仕置きを受けとうございます。」
半四郎様は命懸けで、長常様に私を妻にと願われた。主のお情けを受けながら、他の男と契るなどとは許されぬ不忠、女としてどのように詫びても許されぬ事であった。半四郎様があの方の前で命懸けで私を妻にと願ったあの時、女ながら私も腹を切って詫びねばならぬと覚悟していた。あの頃はまだ先殿ご存命、あの方も夫も私もまだ若かった。後で思えば、身分違いは承知であの方を私は確かに愛していた。あの時、あの方の手にかかって、私は死にたかったのかもしれない。若い頃を思い出しながら、夫の顔を見上げてみる。今生名残りに抱かれながら、私は目を瞑って夫の逞しい腰に手を回した。

この女にお手が付いたのを知り、想い断ち切れずに命懸けでこの女を願った。あの後、あの方は女をお抱きにならなかった。よほどにこの女をお愛しみなされていたのであろう。長常様はわしに譲りながらもこの女を忘れられなかった。この女とてもあのお方を忘れられなかったのは感じていた。この女は長常様と心底結ばれていたのかもしれぬ。お家が無嗣改易になるやもしれぬ窮地に陥る元凶は、あの時にあったのかと思うと不忠の極み、今更腹を切ったとてお詫びは叶わぬ。あの時、わし一人死んでいれば良かったのかもしれぬ。
また頂に昇り始めて女が声を荒げる。女は目を瞑って忘我の境にかかろうとしていた。わしは腰に力を込めて突き立てた。

明け方の頃、二人は向かい合って座る。
「あの後殿は女をお抱きにならず、お子無く逝かれた。お家はお世継ぎもなきままにお取り潰しになるやもしれぬ。そなたならお子を上げたやも知れぬ。あの時そなたをお譲りして、わしが腹を切っていればと思うと悔やまれてならぬ。思えばわしは不忠者であった。そなたも不忠を詫びる心で逝くがよい。わしはそなたを見届けてから参る。」
「次の世では、ご側室にお譲りなさいますか。」
伊久が、いたずらっぽい目で夫を見る。
「いいや渡さぬ、殿は確かに、わしに下げ渡すと言われたわ。」
「そのお言葉を聞き安堵致しました。これで心安く参れます。」
しばらくの間、二人は真顔で見詰め合った。

伊久が帯を解いて腰の紐押し下げ、前を寛げる。子を産まぬ肌は衰えず、乳房は美しい形を保っていた。腰を立て、腹を見下ろしまさぐり、用意の切腹刀を取る。顔が緊張にこわばり、胸元から紅潮始めた。懐剣の刃先一寸、伊久は未練を振り切るように突き立てる。両手に握った刃を震えながら右に引く。胸元からこぼれる片乳、悩ましくも眉間に刻む苦悶の表情。右の脇まで裂いて懐剣を抜き出し前に屈んだ。敷いた白布にゆっくりと血が広がる。
止めがままならず、悶え苦しむ妻に半四郎がゆっくりとにじり寄り抱き起こす。
「わしとてそなたを置いては死にとうなかった。よういたした、殿もお待ちであろう。」
優しく言いながら、傍らの懐剣を取り胸の谷間に刃先をあてがった。
「私はあなた様と添えて幸せでございました。」
胸にすがって、女の顔は微笑んでいた。夫の刃を受けて伊久は虚しく目を泳がせ、夫は痙攣する妻の身体を抱き続けた。

座に戻った半四郎は前肌押し開いて腹を出す。鍛えられた身体に幾筋もの傷があった。見下ろしながら腹を探る。すでに膝間は妻の血で染まっていた。
次の世でご所望あれば譲らぬわけにもいかぬかも知れぬ。よいわ、蓮の台(うてな)で三人仲良くというのも面白かろう。
遅れてはなるまいと刃を腹に突き立てた。戦傷は数知れぬ身体、槍で脾腹を貫かれた時を思い出した。激痛が走るが思い切って右に割いた。深くも開いた腹から一気に血が噴き力が失せていく。上に鍵裂くと臓腑が溢れ出すのがわかった。そのまま前に伏し手を伸ばすと妻が伏せっている。手を伸ばして意識が薄れていった。束の間の夢に、妻が長常様に抱かれていた。妻の名を呼ぼうとして躊躇われそのまま暗闇に落ちていった。

その後、御殉死いたされたのはご恩を受けた者が二人、無嗣改易と決まって御重役であった方が、御墓前で三人並んで御切腹なさいました。
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by kikuryouran | 2006-03-19 22:48 | 心中情死 | Comments(0)