愛と死の妄想  feseppuku.exblog.jp

ショートな妄想フィクションを書いています


by kikuryouran
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魂の縁(えにし) 前編

 癌

「私はあなたを愛しているの。」
一年ほど前の或る日、、ヨーコは酔って私に告白した。
「ごめんね。私には彼がいるの。」
その頃私は男と一緒に住んでいたし、同性を愛したいと思ったこともなかった。
「いいの、私酔ってるの。」
彼女は悲しそうな目をした。
ヨーコは同じ職場に居たが、彼女がレズビアンだとはそれまで思わなかった。
しかししばらくして、私は男と別れた。行くあてのなかった私はヨーコのマンションに転がり込んだ。
「あんな男はこりごりよ。」
「ここに一緒に住まない?嫌になったらいつでも出て行けばいい。」
私には有難い話だった。
「私はレズらないからね。」
「無理強いなんてしないから。」
彼女は笑いながら言った。

私は一緒に住むことになった。彼女は普通の女と変わらなかった。
「あなたは男を愛したことはないの?」
「小さい頃は普通だったわ。或る日暴行されたの、小学生の頃。近所の男で誰にも言うなって脅された。まだ意味がわからなくて、すぐにトイレに駆け込んだことだけ憶えてる。」
彼女は目を逸らしたまま話し続けた。
「それからだったと思うわ、男が怖くなったのは。」
「生まれつきじゃないんだね、そんな人もいるようだけど。」
慰めになるのかどうかと思いながら私は言った。彼女にそんなトラウマを植え付けた男を私は憎いと思った。
「誰にもあることだって思おうとしたわ。普通に男を好きになろうとして・・・。でもいざとなると駄目だった。好きな女の人に告白したことがあったけど、変態って言われたわ。」
ヨーコは普通に魅力的な女性にしか見えなかった。
「男を愛せない女って変なのかな。」
彼女は恥ずかしそうに笑った。
「ごめんね、私はその気になれないの。」
「いいの、側に居てくれるだけで。」
大切にされて、私には彼女との生活は心地良かった。彼女は私が嫌がることはしなかった。

一緒に住み始めてしばらくして、私の身体に癌が見つかった。
「私はもう長くは生きられないんだって。」
ウィスキーを呑みながら私は言った。
「癌・・・。」
ヨーコは絶句して顔を上げた。
「入院して治療を受ければ一年ほどは生きられるかもしれないって、でも私は嫌。叔母が癌だった。あんな風には死にたくないの。」
私は煙草の煙を吐きながら言った。
「レイ、私が側にいてあげる。」
彼女は手を握ってくれた。
「もう両親もいないし、行く所なんてない。でも、あなたに迷惑はかけたくないわ。」
私はまたグラスをあおった。静かだった。秒針が確実に時を刻んだ。

翌日彼女は仕事を辞めて帰ってきた。
「あんたの世話をさせてちょうだい。もういつも一緒にいる。」
私を抱き締めてヨーコは言った。
「もう決めたんだ、あんたがどう言おうと、もう放さないからね。」
それから私たちは、二人だけの生活を始めた。

診察にも彼女は付き添った。
「妹さんですか?家で看るのは大変ですよ。これからだんだん大変になる。」
「望むようにしてやりたいんです。」
彼女が言うと、医者は頷いてそれ以上言わなかった。

「似てるのかな。」
外に出ると、彼女は嬉しそうに言った。
「本当はこっちの方が若いのにな。」
私は不満そうに言った。彼女は小柄で若く見える。
「それなら、姉ですって言えばよかったのに。」
彼女は腕を取って歩きながら笑って言った。
「どうせ私は先のない年寄りよ。これからは娘ですって言いなさいよ。」
外に出ても、私はわざと病人らしくゆっくりと歩いた。
「女同士、こうして腕を組んで歩けるっていいね。」
「レズだとわかっても私はもういいわよ。ここでキスしようか。」
身体を摺り寄せて、悪戯っぽく笑いながら私が囁いた。


 同性の愛

間もなく私が死ぬことは、もう私たちには疑いもないことだった。
「あなたが死ぬって、私にはきっとラッキーだね。あんたをもう誰にも取られる心配をしなくていいからね。」
彼女はそう言って無理に笑った。
「骨の一かけらだって誰にもやらない。」
「私のお骨(こつ)・・・。」
「きっと食べちゃうね。」
彼女は明るく言った。
「食べちゃうの?」
私は苦笑しながら睨みつけてやる。彼女は涙を浮かべていた。
「待ってるようだね。」
「そうだよ、あんたは私のために死ぬのさ。」
ヨーコは私を抱き締めた。
「レイは永遠に私のものになるために死ぬのさ。」
彼女の言葉だけが、私にとって救いの気がした。逃れられぬ死が、意味有ることに思えるのは甘美な想像だった。

私はまだヨーコに身体を許してはいなかった。日常の接触以上はさりげなくかわした。
「ごめんね、その気になれないの。」
偏見はないつもりでも、同性で愛し合うことに私が嫌悪を感じているのを彼女も知っていた。これだけは自分でもどうしようもなかった。
彼女を受け入れることは、私には女としての性を捨てることのように思えた。それでも私は彼女にすべてを与えようと思った。私にはもう彼女しか残されていなかった。

私は、生贄のようにベッドに横たわった。初めて男に身をまかせた時のように、不安と期待が入り混じった気分だった。これで彼女と同じ世界に踏み入れる。もう後には戻れない予感があった。それは不思議にも私を心地よい安堵に包んだ。
「愛してちょうだい。もうあなたにすべてをあげる。」
それだけで、彼女は私の気持ちをわかってくれた。
「レイ・・・、いいのね。」
私が微笑みながら頷くと、大切なものを扱うようにゆっくりと私を脱がした。最後の物も取り去られて、すべてを奪われる予感に私は目を瞑った。

彼女の愛技は長い口付けから始まった。拡げた腕の付け根から胸に唇を這わされた。繰り返される愛咬は、私の身体に無数の痕跡をつけながら少しずつ移動していく。彼女は気遣うように私の様子を窺った。
「もういいのよ、思う通りにして。私はあなたに愛して欲しいの。」
私が彼女の頭を撫でながら言うと、彼女は安心したように頷いた。
ゆっくりと移動する愛撫に、私は何度も声を上げた。その度に私のこだわりが消えていった。私の中で淫ら血がくすぶり始める。
「ありがとう、レイ。愛しているわ。」
「ごめんね、待たせて。」
彼女が私の中心に到達したのがわかった。優しく愛されて、それは永遠に続くかと思えた。なぜか涙が止められなかった。すべてをゆだねて、私はもう声を堪えなかった。官能は解き放たれ、昇り詰め、何度も気が遠くなった。美しい花園を見た。それは愛されて逝く幸せな死の体験だった。


 愛と死の試行

その時、私はイラつく自分を抑えられなかった。
「私が死んだら、あなたはきっと忘れてしまうわね。」
「一緒に死のうか。」
ヨーコが顔を上げて言った。彼女は笑っていなかった。

彼女が漆塗りの短刀を前に置いた。
「以前、死にたいと思った時に買ったの。」
「本物なの?」
彼女は頷いて私に持たせた。私は真剣を間近に見るのは初めてだった。ずしりと重く、鞘から抜くと銀色の光を放った。
細身の刃は微かに曲線を描いて、先は鋭く尖り、中程に銀河を思わせる無数の星が燻し銀に走っている。私に刀剣の知識はない。しかし、妖しく光るその美しさは私を魅了して離さなかった。
「吸い込まれてしまいそうね。」
買った時のことを彼女は話していた。しかし私は聞いていなかった。刃に浮き出た模様の一つ一つが私の心を揺り動かした。眠っていた何かが目覚めたような気がした。彼女は夢中になって話し続けていた。
私は昂ぶった苛立ちを抑えられなかった。
「本当に死ねるの?」
自分でもどうしようもなかった。
「さあ、見せてちょうだい。」
挑むように言って、私は抜き身の短刀を前に置いた。
彼女は一瞬言葉を失って私を見た。私は自分の口から出た激しい言葉に自分でも驚いていた。私たちはしばらく無言で見詰め合っていた。

「私は、あなたと一緒に死にたいと思ってた。」
いつもは茶化しながら話す彼女が、目に涙を浮かべながら言った。
「ヨーコごめんね。この短刀を見ていたら・・・。」
「きっとそれがあんたの本当の気持ちなんだよ。」
そうかもしれないと思った。
「もう一人は嫌、一緒に死ぬよ。」
彼女がぶつかるように抱きついてきた。
「レイ、愛してるの、愛しているから。」
疑ったのではなかった。彼女が本気だとは私にもわかっていた。
私は彼女を愛しいと思った。一緒に死ぬと言ってくれる彼女がただ愛しかった。すべてを確かめ奪いたいと思った。それは異性への愛と変わらなかった。
「愛しているわ、私も。」
もう躊躇わなかった。貪るように唇を吸い、脱がせた。狂ったように肉体の隅々までも確かめ犯した。彼女はすべてを開いて受け入れてくれた。しかし燃え上がった炎は消えなかった。彼女は私の中心を激しく愛撫して鎮めてくれた。猥らな叫びを上げながら私は昇り詰めた。

気が付くと、私たちは床で抱き合っていた。私は恥ずかしくて彼女の胸に顔を埋めた。
「嬉しかったわ。」
彼女は優しく髪をなぜてくれた。満ち足りて幸せな気分だった。
「一緒に死んでくれるの?」
顔を上げて訊くと、彼女は私の手を握って頷いた。
それからベッドで私たちは愛し合った。男との愛の行為は男が欲望を吐き出して満足し終結する。しかし、女同士のそれはそのような終わりがなかった。互いの愛撫が永遠に続くかと思えた。流れる時間さえもがないようだった。
彼女の身体はスポーツに締まって筋肉を感じさせる。触るとほど良い柔らかさがあった。しっとりと汗ばむ草叢が芳しい。それはまさしく彼女固有の匂いだった。
「きれいだわ。」
私は自分と比べながら苦笑した。私の身体は白くて柔らかいばかりのように思った。
「あなたもきれいよ。」
互いにもうすべてを開いて隠さなかった。
「私はね、自分の身体が嫌だった。でも、レイに愛されてそうじゃなくなったよ。」
終点なく犯し合うそれは、男との交わりとは明らかに異質なことに思えた。

「私は切腹するよ。」
そうすれば、きっと永遠の愛を得られるとヨーコは言った。
「お腹を切って、あなたへの想いを魂に刻み込むの。」
苦しむヨーコの姿を想像して、私は血の沸くような興奮を覚えた。彼女は懐剣を握ったように拳を固め、ゆっくりとお腹を切る仕草をした。
「見てレイ、こんな風に・・・こんな風に、きっと。」
幻の短刀をお腹に突き立てて、彼女は愛のために死ぬ瞬間の妄想に捉えられていた。
それは彼女を高いエクスタシーに導いた。彼女にとって切腹は究極の愛の行為と思えた。それは愛と死の完全な結合の儀式だった。
「レイ、レイ・・・。」
私は後ろから抱いてやる。それは私にとっても歓喜の瞬間だった。今まさに彼女は私にすべてを捧げようとしていた。しっかりと抱き締め、耳元で彼女の名を呼んでやる。
「ヨーコ、ヨーコ・・・、愛しているわ。一緒に・・・。」
経験したこともない快感が全身を貫いた。私の腕の中で、彼女が強張り痙攣し続けていた。魂が一つになり、私たちは同時に頂点を極めて気を失った。
それは生の完全な燃焼の後に訪れる、満ち足りて安らかな死の試行だった。
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by kikuryouran | 2007-08-22 09:45 | 同性愛 | Comments(0)