愛と死の妄想  feseppuku.exblog.jp

ショートな妄想フィクションを書いています


by kikuryouran
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魂の縁(えにし) 後編

 もう一本の短刀

私はネットで短刀を手に入れた。白木の仮拵えだったが写真を一目見て心魅かれ、それを買った。丁寧に梱包して送られてきたそれには、礼状が添えられてあった。

『お買い上げ有り難うございました。
この短刀はわが家に伝えられていたものです。元は長さも30cmほどあったそうですが、刃先は折れ、刃こぼれも激しかったそうです。江戸末期、刃先を付け直し傷を削り落とすと、丈縮み身幅狭まり肉も薄くなったといわれています。すでに懐剣の体を成さず、拵えもされなかったそうです。勝頼妻が所有のものであったと伝わっていますが、真偽のほどはわかりません。末永くご愛蔵下されば嬉しいです。』

長さは20cmほどで、思っていたより細く薄い。美しい波紋が浮かび上がって、華奢に見えながら頼もしい力強さを感じさせる。手に持つと私にも扱い易く、単に切るための道具とは一線を画す気品を備えていた。
「勝頼の妻というと、確か自害したんだよね。もしかするとこれで・・・。」
「そうかもしれないね。」
私は肌にそっと押し当ててみた。ヒンヤリとして鋭利な刃が吸い付く様に心地よい。確かにこの刃で自害した女がいると感じた。それは確信に近い感応と思えた。
美しい女が前をはだけて腹を切ろうとする姿が見えた。腰元らしい女に後ろから支えられて、ゆっくりとお腹を切り、妖艶に身悶えして天を仰いだ。その時、この短刀がここにあるのは運命のような気がした。

無理な治療を受けなかったからか、私は急激には衰弱しなかった。
私は一日中、好きな音楽を聴いて過ごし、気の向くままに彼女を愛した。新聞もテレビも見なかった。外の世界にはもう興味はなかった。
「ここにいたら、戦争があってもわからないね。」
「人類みんなを道連れか、それもいいな。」
ヨーコはそう言って笑った。

彼女もたまの買い物以外は外に出なかった。私には昼も夜もなかった。ベッドで眠って覚めるといつも彼女がいた。時間も気にならなくなっていた。私はいつも彼女の身体に触れていたかった。
「もう私も立派にレズだね。」
「レズかどうかなんて、もうどうでもいいよ。私はレイを愛しているだけだもの。」
愛し合いながら、時々男とのセックスを思い出した。
「あれって何だったんだろう。男が欲望を吐き出すためだけだった気がするね。」
「そうなの、私はよく知らないから。」
「あんたはね、最初にあたった男が悪かっただけさ。」
「血のおしっこだと随分後まで思ってた、痛かったしね。恥ずかしくって誰にも言えなくて。誰にも言うなって、怖い顔で脅されたし。」
私は彼女を抱き締めてやる。
「同じようなもんよ、最初は私だって。無理やり入れられてさ。何がいいんだろうと思ったもの。」
彼女は私の胸に顔を埋めて話していた。泣いているのがわかった。私は頭を撫ぜてやる。
「前からレイを好きだって思ってて、言わない心算だったのに酔ってつい。あんたは、次の日もそれまでと同じで嬉しかった。」
「あんたに好きと言われた時、別に変とは思わなかった。女ばかりの学校だったし、これでも昔は女性からもラブレターを貰ったわ。男と別れてあの時、あんたなら置いてくれると思ってね。」
乳首を噛まれて私は呻きを上げた。
「やっぱりあんたは、女にももてたんだね。」
もう笑いながらヨーコが顔を上げた。
「妬ける?」
私も笑いながら唇を合わせた。

「あんたが見たお腹を切る女だけど・・・。後ろから支える女がいたって言ったよね。」
「腰元みたいだったわね。」
「それは私かもしれない。」
彼女が呟くように言うのを聞いて、私の手が止まる。
「私も同じような夢を見た気がする、随分前に・・・。」
背筋を冷たいものが走った。私たちはもう笑っていなかった。理屈ではなかった。遠い過去に戻った様な不思議な懐かしさを感じた。
無言で見つめ合い、同じことを考えているのがわかった。心の奥に埋められていた箱が開かれたように感じて、しばらく言葉も出なかった。それは明らかに魂に刻まれた前世の記憶だった。
人の魂は生まれ変わりながらも求め合うという。此の世では短くても、私たちは前世からの縁に違いない。それはもう確信といえた。
「生まれる前から決まっていたのね。」
私はヨーコを抱き締めて呟いた。


 前世の縁

天正10年(1582年)織田徳川軍に追われ、武田勝頼は天目山近くの田野で果て、甲斐の名流武田はここに滅亡した。最期まで同行した正室北条夫人は北条氏康の娘、従う女中十人ばかりと共に切腹したと伝えられている。戦国の雄、北条早雲の血を引く女としては頷ける最期である。

すでに逃れる道は閉ざされていた。奥方は十四で嫁ぎ、歳はまだ二十歳にもならなかった。子はなかったが仲睦まじい夫婦(めおと)であったという。
「生きて捕らえられてはならぬ。妾(わらわ)は腹いたします。」
奥方は女中達を見渡して言った。
「最期までお供が叶い嬉しゅうございました。」
年嵩と見える女が言うと、居並んだ者たちは揃って頭を下げた。
奥方は一人の女を従えて部屋に入られ、次の間に残された者たちは思いのままに座を占める。
「来世もまたお会いいたしましょう。」
一人が声をかけると、皆が頷き合い声をかけ合った。若い女ばかりの華やかにも和んだ空気が流れる。共に死ぬ気安さに心が馴染んだ。
女とはいえ覚悟の者ばかり、胸から腰までも押し開いて腹を切る者もいた。抱き合い刺し違える者もいた。次々と柔肌に刃を立て、くぐもる声が上がっていった。

「あの者たちも潔く死んでくれましょう。」
隣の部屋からは呻く声が重なり聞こえてくる。
「ここまでお供してきた者ばかり。ご懸念はいりませぬ。」
奥方は落ち着いた様子で前肌を寛げる。美しい女であったという。幼くして嫁ぎ、若いながらすでに春情を知る身体。子を産まぬ柔肌悩ましく、女の艶は匂い立つばかり。女が後ろに添うて控えた。
「腹切れば、名を汚さずに逝けよう。」
苦痛激しくとも、それが誇り高き武家の意地と思えた。
胸元から撫で下ろし、下腹を揉み緩めた帯を押し下げる。束の間目を瞑って想いを凝らした。ゆっくりと膝割り腰を浮かし、脇坪に当てた懐剣の刃に身体を預けて滑らせる。
「うむっ、うむむむぅぅ・・・。」
肩震わせて呻きながらも切り割く腹、流れる血が膝を染めた。しばし堪えて身をもんだ。
「手を添えさせて頂きましょう。」
後ろに控えていた女が、後ろから抱いて手を添えた。力を込めて深く突き立てる。
「うぐぐぐうううう・・・。」
尻揺らし悶えて夫に抱かれ貫かれる夢を見た。もがく奥方を抱き抱えて、女は胸の谷間を深くも抉った。肉のすべてが震え痙攣していた。震える身体がおさまるまで、女は背を抱き続けた。
奥方の死に姿整えて、女は次の間を確かめる。部屋は血の海、手を貸し合い刺し違えて、すでにもう呻く声さえもなかった。一人一人確かめ、乱れた裾を整えてやった。

女はお輿入れに従い武田の家に入った。姫が女になられた時も控えていた。いかなる時も奥方の側を離れぬのが役目であった。生涯女の春を求めず、すべてを奥方に捧げて悔いなかった。
座って両肌脱ぎ、腰までも脱ぎ落とした。二十歳半ば、武に鍛えられた身体と見える。脂肉なく引き締まり美形といえた。瞑目して想いを凝らし、落ち着いた様子で懐剣を握り腹を揉む。
「次の世も必ずお側に。」
伏せる奥方に目を走らせて、ゆっくりと腰を浮かす。
「参ります。」
勢いつけた刃先を叩きつけるように突き立てた。両膝立ちに伸び上がり、苦痛を堪え身をもんだ。悲壮な呻きを漏らしながらの深腹、女はゆっくりと刃を運んでいった。

同じ夢を見ていたのかもしれない、しかし私とヨーコは魂に刻まれた記憶だと信じた。
悠久の時の中ではこの世はひと時の夢、生まれ変わる魂の輪廻を信じるなら、死ぬのはひと時の眠りにすぎない。想いを凝らして逝けば、魂に刻んで次の世に想いを繋げる。想う人を念じて腹を切れば、必ず次の世の縁(えにし)になると思えた。
苦痛に堪え、切腹し殉ずるが究極の愛の行為だと思った。腹切り果てれば、次の世も、きっと私たちは巡り逢えると確信した。



 夢の縁

私たちにとって、切腹は死ぬためではなく愛を確かめる行為だった。あのままで行けば、二人は幸せな最期を遂げていたはずだ。しかし、投げやりだった私が彼女を愛し始めた頃、私の中の悪魔が分裂し萎縮を始めた。医者は奇跡だと言った。しかしその頃、ヨーコが交通事故に遭った。命は取りとめたが、昏睡状態が続いて覚めなかった。まるで私の身代わりになったようだった。私は彼女の側を離れずに世話を続けた。
彼女が病院のベッドで眠り続けてもう三年が経っていた。

「脳波から見るとまだ脳死とはいえません。感情域が活発に動いていますから、きっと夢を見ているんでしょうね。」
「覚めるんでしょうか。」
「数十年も経って覚める例もありますからね。」
医者はそう言ってベッドで眠るヨーコを見てため息をついた。

私はいつもヨーコの側に居た。『あなたが死ぬって、私にはきっとラッキーだね。』彼女の言った意味がわかった気がした。あれはきっと最高の愛の告白だった。
眠り続ける以外は、彼女は生きていることのすべてを備えていた。私にはそのすべてが愛おしく尊いものに思えた。
「あなたはもう私だけのものよ。」
今はもう、女である私が同性である彼女を愛していることに疑いを感じなかった。彼女のすべてを所有できて私は幸せだった。ヨーコがこのまま永遠に覚めないことを私は願った。
常に取り付けられている脳波計の変化から、私にも彼女が夢を見ている時がわかるようになっていた。或る一定の波形の後で、彼女の女性器が潤い始める。私には彼女の見ている夢がわかる気がした。
私は彼女がお腹を切る姿を想像した。それは激しい生の燃焼とその後に訪れる甘美な死の妄想だった。いつか私自身もそんな死に憧れを感じるようになっていた。彼女が淫夢を見ている時、その側で私は自分を慰めた。

その時、いつものように私は彼女の手を握っていた。
「レイ・・・。」
ヨーコはうわ言のように呟いた。私は耳を疑った。しかしそれが目覚める前兆だった。
しばらくして彼女は何事もなかったように目を覚ました。
「やっぱり待っていてくれたのね。」
自然な口調だった。
「夢を見ていたのね。」
私は彼女の手を握り締めて、ただそれだけを言った。

ヨーコの回復は目覚しかった。数ヶ月のリハビリの後、二人はまた元の部屋に戻ってきた。
「周りは随分変わったのね。リハビリを受けながら、眠っていた間のことを聞いたわ。あなたは私を愛しているって公言していたそうね。誰にも私を触らせなかったって。」
窓から外を見ながら陽子は言った。
「いけなかった?」
私が後ろから笑いながら答える。
「恥ずかしかったけど、本当に嬉しかったわ。」
「あなたが眠っている間に、私の病気はすっかり治ったわ。奇跡だと言われたけど、私はあなたの愛が救ってくれたと信じているわ。」
話しながら、傍に立って手を握る。
「もう離れないわね、いつまでも。」
どちらからともなく唇を重ねた。
私はもう自分の中心が潤い始めたのに気がついていた。窓のカーテンを引いてベッドに誘った。
愛し合いながら、すべてが夢なのかもしれないと私は思った。
「まだ夢を見ている気がするわ。」
「そうよきっとすべてが夢ね。」
私たちはいつまでも愛し続けた。

  完


 あとがき

お読み下さった皆様へ

ヨーコは、幼い頃のトラウマから男性を愛せなくなっていました。レイと知り合い好意を伝えます。しかしそれはまだ、同性愛の対象というより、少女期の憧れに近いものであったのかもしれません。二人が同居するようになっても、しばらくは二人の関係は友人の域を出ませんでした。
レイは普通に異性と愛し合う喜びを知っています。ヨーコの気持ちはわかっていても、同性である彼女の肉体への愛撫を受けることには抵抗がありました。しかし死を意識して、彼女の愛を受け入れようとします。

ヨーコが切腹する姿を見せます。それは生命の完全な燃焼の後に訪れる死の妄想でもありました。完全な達成感と満ち足りて安らかな終結の予感。彼らはそこに永遠の愛と死の結合を感じます。
レイは短刀から啓示を受けます。魂に刻まれた記憶は、輪廻して次の世に繋がる。それは夢想かもしれません。しかし死を前にして、それこそはただ一つの救いに思えたのです。
切腹した勝頼の妻と、それに殉じた女を自分達の前世と信じることで、次の世をまた信じることができるのです。夢妄想であろうと、時空を超えた同じ記憶を共有すると信じることで二人の心は深く結ばれます。幼い頃に受けた陵辱さえもが、二人を導いた運命とさえ思えるのです。

愛に目覚めたレイの肉体は、生命の奇跡を起こして死を逃れます。しかし、身代わりになるようにヨーコが事故に遭い、ヨーコは眠ったままベッドに横たわることになります。
看病をするレイに、ヨーコの肉体のすべてがゆだねられます。それはまた、レイに捧げられた生贄であったのかもしれません。すでにもうレイには、同性を愛することの後ろめたさはなくなっていました。夢と現実、眠りと覚醒、愛と死。レイの中ですべてが結びついていきます。
やがて、ヨーコが目覚めます。もう前世からの運命を疑うことはありません。愛し合いながらすべてが夢かとも思います。深くも結ばれた魂は次の世もまた巡り逢う。二人は永遠に離れる事はないと確信するのです。
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by kikuryouran | 2007-08-22 05:48 | 同性愛 | Comments(0)